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ラズーン 4  作者: segakiyui
4.緋のリヒャルティ

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27/89

7

 ダイン要城は黒々とした夜にその身を潜ませている。

 人の気配はしない。

 灯が一つだけ微かに、奥まった一室にともっているのが、妙に眩くユーノの目を射た。

(姉さまはあそこに居る)

 ごくり、とユーノは唾を呑み込んだ。滑らせた手に慣れた剣の手触り、吹き抜けた風は近くの沼沢地の生臭さを含んで、体に重い。

(よし!)

 ユーノはそっと、隠れていた茂みから走り出した。掘に渡した橋に見張りの姿はない。イルファ達が起こした騒ぎに引き寄せられているのだ。

 影が移り進むように橋を渡り切ったユーノは、ひた、と城門横の小さな潜り戸の近くに身を寄せた。そろそろと片手をずらせていきながら力を加える。ぎぃっ…と微かなきしみ音に、体中の神経が張りつめる。

 敵はまだ気づいていない。

 僅かに開いた隙間に静かに体を押し入れた。気配を殺して、城門奥の広場を見回す。

 隅に篝火が赤々と燃え上がっている、その側にも人影はない。

 にっと笑って奥へ向かって走り出そうとしたユーノは、ふいに視界の端に過ったものに体を硬直させた。

 篝火のちらつく光の中、それは、まるで人形のように、壁に突き立てられた鉄棒から吊り下げられている。俯いた横顔は、赤っぽい光の中でもそれとわかるほど蒼白い。

(誰…?)

 そろそろと覗き込んだユーノの目に、見慣れた柔らかそうな栗色の髪が映る。そして、それに囲まれた優しい顔立ちは…。

「姉さま!」

 体中の血がどこかの虚空に吸い込まれる。視界が暗くなる。よろめく足を踏みしめて、ユーノはその人影に近寄った。震える手、触れた体の冷たさに頭の中心が空白になる。

「ど…うして……姉さま……私が……来る前に……?」

 呟くことばが遠くの闇に谺する。

「姉さま…」

 答えないのは、死の酷さに口を噤んだため…。

「姉さま!」

 返ってくるのは、ユーノの悲鳴だけ。

「姉さまーっ!!」 

 絶叫してしがみつくユーノの手に、ぬめりが伝い落ちる。

(ね・え・さ・まーっ!!)

「あ…う!」

 びくんと体を震わせて、ユーノは目を開けた。溜まっていた熱いものが目元を再び滲ませて零れ落ちる。

「夢…か…」

 呟いて、のろのろと目元を擦った。

 外から差し込む陽はかなり高くなったものだろう、くっきりとした輪郭を持つ影を、部屋の隅々に刻みつけている。

「は…ぁ…」

 深い息を吐いて、ユーノは手の甲を額に当てた。冷や汗でべったりと濡れそぼっているのは額だけではなかった。緊張で強張っている体も、ぐっしょりと重い汗に包まれている。

 しばらくじっと目を閉じ、胸の鼓動がおさまるのを待っていたユーノは、やがて静かに目を開けた。

(冗談じゃない)

 体を起こし、両手で顔を覆い、粘りつく汗を拭い、髪を後ろへかきあげる。

(そんなことにさせるもんか)

 ぎりっ、と奥歯が鳴った。

「ユーノ!」

 いきなり、激しい音を立てて扉が開かれた。そちらへ顔を振り向けると、イルファが不審そうな顔で突っ立っている。

「どうした? 何か呻き声が聞こえたぞ」

「あ…あ、ごめん」

 噛み締めた顎を無理に開け、強いてにこりと笑ってみせる。

「ちょっと嫌な夢を見たから」

「それならいいが。セシ公が呼んでるぜ、出かけてもいいかって」

「わかった」

 上掛けをはね除けた。どす黒く濁る想いを振り切るように、首を振って立ち上がる。

「行くよ」

 握りしめた剣がいやに冷たく固かった。


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