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ジジッ。
灯皿が微かな音をたてた。ゆうらり、ゆうらり、と揺らめく炎にじっと目を据えていたセシ公が、ゆっくりユーノに目を戻す。
「すると……ガデロのダイン要城に姉君が囚われていると?」
「はい」
きゅっとユーノは唇を噛み締めた。
「期限は5日……既に…」
窓の外には白々とした光が漂い始めている。
「2日は過ぎました。後3日以内に辿り着けなければ、姉の命はありません」
「セレドのレアナ姫…」
それが癖らしく、少し眼を細めて、セシ公は煙るような色を淡い茶色の瞳に浮かべた。
「美しい女性とのことだが…」
「ええ」
ユーノは唇の両端を軽く上げた。
「アシャが心奪われるほどに」
「…それで…」
セシ公はためらうように問いかけてくる。
「そのために、たった2人でダイン要城へ?」
「他に動ける者がいません」
声が虚ろにならないように、注意しながらユーノは答えた。
慣れているはずだ、そうだろ? 傷は後で舐めればいい。今は痛みを忘れておくんだ。でないと、『本当に』痛みさえ感じない世界に引き込まれてしまう。二度とアシャの顔も見られなくなってしまう。
「だから、私とイルファが動いたんです」
「わかった」
セシ公は、肘を突いた手の甲を優美に曲げて片頬に添え、軽く眼を伏せた。
「力を貸そう。地下道への入り口もすぐにわかる。だが、明日だ」
「っ、どうして?!」
思わずユーノは椅子から立ち上がった。
「体力が保たない」
セシ公は淡々と突き放す。
「そんな!」
「ダイン要城を甘く見ないことだな。既にあなたは2日近く不眠不休、おまけにあのバカと一戦交えている」
きらりと光を放って、セシ公の瞳がユーノを射抜いた。
「なるほど、あいつは短気でおっちょこちょいだが、伊達に『金羽根』の長を名乗っているわけではない。並の視察官なら、あいつ1人で十分相手できる」
弟の前では決して見せないだろう、どこか誇らしげな気配、唇を軽く歪めて続ける。
「そのリヒャルティを、いくらアシャに剣の手ほどきを受けていたからといって、女のあなたが腕尽くで黙らせたとなると、これはあなたの方も並の疲れ方ではないはず………。そんな女性を放り出すわけにはいかないな、私の性分としては」
「だけど!」
口に出し切れぬ苛立たしさに歯噛みしながら、ユーノは言い返す。
「そうしている間に、姉さまが…!」
「だからと言って、私の協力なしに、あなたが3日以内にダイン要城へ行けるわけもない」
「っ…」
「だーめだぜ、ユーノ」
イルファが両手を差し上げる。
「生っちろい面のわりにゃ、そう簡単に教えてくれそうにない」
「……わかり、ました」
ユーノは溜め息をついて、腰を落とした。
「夜が明け、私達が動けるまで、少し休まれるがいい」
セシ公は淡く微笑して、つい、と戸口の方を見た。
「リヒャルティ! そこにいるのはわかってるぞ」
「ちっ…」
軽い舌打ちをして、戸口の影からリヒャルティが再び姿を現した。鈍い青の短衣に着替えた姿は、皇族と言っても通るほどだったが、不敵な表情は紛れもなく戦士のものだ。
「客人を部屋に案内しておけ。私は明日のための人間を集める」
「了解……あ、兄貴」
セシ公の命令に、リヒャルティはひょいと振り向いた。
「その中にオレも入れておいてくれよな?」
「『金羽根』の長のくせして」
「いいじゃないか。オレ、ユーノが気に入ったんだ」
にこり、と邪気のない笑みをユーノに向ける。
「女にしちゃ、いい腕だし、飾らないとこもいい。頬の傷…」
戸口を出ようとするユーノを振り返り、すっと顔を近づけた。ほぼ同じぐらいの背をいいことに、舌を軽く、ユーノの頬に擦らせる。
「!」
「悪かったな」
片目で笑って歩き出す。
「レスが怒るぜえ」
イルファの呆れ声に、ユーノは引き攣りながら先に立つリヒャルティを見つめた。




