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「罠だ!」
状況を聞いたイルファが言下に言い放ち、腕を組んでぐいと反り返った。
灯皿の揺れる光が、ミダス公の私室に集まったユーノ、イルファ、ミダス公、『銀羽根』のシャイラの横顔を照らし出している。
ガデロからの石文に、急を知って集まった3人の顔は、どれも緊張に引き締められている。ただ1人、ユーノだけは不思議な静けさで、車座の中央に置かれた手紙の文面を見つめていた。
「私もそう思います、ユーノ様」
シャイラは、後ろで一まとめにした長髪を軽く払い、ユーノを凝視した。
「ガデロのダイン要城は、ガデロ国内に数ある城の中でも、造りの堅固さ、守備力の高さで有名です。一度入れば二度と出られぬ死の城とも呼ばれ、本当かどうかは知りませんが、太古の魔が跳梁すると言われています。そこへ1人で行くなんて、あまりにも無謀です。これはきっと、罠に違いありません」
「わかってる」
「え」
勢い込んでユーノを説得しようとしたシャイラのことばをさらりと流して、ユーノは頷いた。ぎょっとしたように相手とミダス公が目を見開く。2人の視線を真っ向から受け止めて、ユーノは淡々とことばを継いだ。
「セレドからレアナ姉さまを連れてくることは不可能じゃない。『運命』に組する視察官がいることがわかった時から、ほんとは考えてなくちゃいけなかったことだ。それに、レアナ姉さまの危機を私が見過ごすわけはないと『運命』が考えるのは満更外れていない……ならば、レアナ姉さまが、その城に幽閉されている可能性は、充分にある」
ミダス公が食い入るようにユーノを見つめる。
「しかし!」
シャイラがきっとした声で反論した。
「だからと言って、レアナ様が確かにガデロに囚われているとは限りません」
「だからと言って」
ふ、とユーノは小さく吐息をついた。自分の唇が苦いような切ないような、奇妙な笑みに歪むのを感じる。
「私が、行かないわけには、いかないよ」
今まで守ってきた大切な姉、そして何より、大事なアシャの想い人。アシャのいない間にレアナに何かあったとしたら、そしてまた、その危機からレアナを守る機会があったのにむざむざと逃してしまったとしたら、それこそ、ユーノはアシャに顔向けできなくなる。
「で、では、誰か他の方を」
すがるようにシャイラが食い下がった。
「アシャは『狩人の山』(オムニド)、他にラズーンに居る者と言えば、『羽根』に野戦部隊、『銀の王族』に諸候……か」
ミダス公が重く確認して、シャイラはみるみる元気を失った。
「ね?」
ユーノは微かに笑う。
「私以外に動ける人間はいないよ」
半分シャイラを宥めるように、後の半分は自分に言い聞かせるように続ける。
もうかなり昔のことのように思える、このラズーンへの出立を決めた日を思い出した。あの時もやはり、ユーノ以外には無理だったのだ、どれほど無謀な旅であったとしても。
「仕方ねえ」
イルファが野太い声で唸った。
「俺がついていこう」
「イルファ…」
思いもかけない申し出にユーノは瞬きする。
そうだ、すっかり忘れていた。
今のユーノは全くの1人ではなかったのだ。ユーノを案じ心配するだけではなく、一緒に歩き、走り、戦ってくれる仲間が居たのだ。
「1人より2人の方が何かといいからな」
にやりと笑うイルファは危険な場所への旅立ちを楽しんでいるかのように見える。
「ありがとう」
口にする礼にこれほど安心するとは思わなかった。
「ああ、気にすんな」
イルファはひょいと肩を竦める。
「今度お前を1人でなんぞ行かせてみろ。俺はレスに一生恨まれちまう」