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「ちょ……っと、待て」
裏返りそうな声をかろうじて押さえて、イルファが瞬きして顔を擦った。それから仕切り直したという表情で、
「今お前、何と言った?」
「『正統後継者』」
「せいとう、こうけい、しゃ? とすると、何か、それはその、この、」
「ラズーンの」
「………」
再びイルファは惚けた顔になった。ユーノの顔を凝視し、窓の外を確かめ、夜だなうんと頷き、再びユーノの顔を眺める。
「ずいぶんと疲れたのだろう、なあ」
「本当だよ」
「今は夜だしな」
こういう話は明日朝日を浴びてはっきりした時に聞くべきかも知れん、なあ、と無理矢理な笑顔を作って立ち上がるのを見上げて、ユーノは繰り返した。
「本当だ、イルファ」
「……ラズーンの、だな」
「うん」
「……うん? うん、で応じるのかお前は、ええ? ラズーンの、ってことはつまり」
それを口にすることでユーノの頭をより一層混乱させてしまわないかと訝る顔になったが、思い切ったように息を吐いた。
「つまり、それはアシャと同じ、ゆくゆくは、この統合府を治め、諸国を治め、世界を治める……ふううっ」
自分の方が一杯一杯になってしまったのだろう、大きく溜め息をついて、思い直したように、隣に置かれているユーノのベッドにどさりと腰を落とした。ぎしいっ、とベッドが悲鳴を上げて大きくたわむのもおかまいなし、頬に片手を当て、肘を膝について屈み込み、ユーノを覗き込む。
「簡単に言うが、これはどえらいことなんだぞ」
「わかってる、けどさ」
強いて軽く、ユーノは応じた。
「『正統後継者』っていっても、ボク1人じゃない。一応候補、という形らしいよ」
「……それで、か」
てっきりもう1回、でもなあ、と絡んでくると思ったイルファが、妙に生真面目に眉を寄せて唸る。
「レスが、お前に心を近づけてたんだ」
はっとして、ユーノは自分の手を握りしめて離さないまま眠っているレスファートに目をやった。
「お前が迷っている、と半泣きになっていたぞ。帰ってくれないかも知れない、と言ってな」
(レス…)
知っていたのか。ユーノの逡巡を知って、それでこんなにしっかりと、ユーノの手を握ったまま眠っているのか。
「レスが泣くのは見たくない」
イルファがぼそりと唸った。
「せっかく4人でしてきた旅だ、今更1人欠けるのは嬉しくねえな」
ぶっきらぼうに続けたことばに温かさを感じ取る。
「イルファ……ありがとう」
「ああ。それより、アシャのことだが」
「うん。それで……しっ!」
窓の外に気配が動いた。咄嗟にイルファを制し、外を伺う。イルファも動きを止めて目を細め、外の闇を凝視する。そろそろと、イルファが体を浮かせかけたその時、
「危ないっ、イルファっ!」
がしゃんっ!
ユーノがイルファを突き飛ばすとほぼ同時に、半開きになっていた窓に激しくぶつかったものが、木枠を砕いて部屋の中に飛び込み、転がる。
「イルファ!」
「おうっ!」
叫んで、イルファが部屋を飛び出す。
「…ん……どうしたの?」
目を覚ましたレスファートが、不安そうにユーノの側にすり寄った。
「大丈夫。心配しなくていいよ」
油断なく辺りに気を配るユーノの耳に、「曲者だあっ!」と叫ぶイルファの声が聞こえる。たちまち屋敷のあちこちに灯がともり、騒然とし始める中で、ユーノはゆっくりと立ち上がって飛び込んできたものに近寄った。
(屋敷の中でも狙われるのか)
「…何?」
レスファートがユーノの拾い上げたものを、おそるおそる覗き込んでくる。
「石文だ。ガデロ特有のものだな」
灰色の石に細い穴を開け、そこに巻いた手紙を刺し通したもの、静かに手紙を抜き取り文面に目を走らせる。
「っ!」
音をたててユーノの全身から血の気が引いた。
「ユーノ?」
「……あ、いや、何でもない」
訝しげに見上げるレスファートの視線を避け、慌てて応じてユーノは手紙を握り込む。それでも、書かれていた内容は、脳裏にくっきりと刻み付けられている。
『セレド第一皇女レアナ姫をお預かりしている』
手紙はそう始まっていた。
まさかとか、あり得ないとか、困惑と不安が一気に押し寄せる中で、文面は冷酷にユーノに交渉を持ちかけていた。
『助けたくば、5日後、ガデロのダイン要城まで来られたし』




