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(もう、あの子が皇宮を出て一年に近くなるのね)
レアナは再び、眩く光る中庭の緑に意識を戻した。
皇宮の中の活気は、ユーノ一人で保っていたようなもの、レアナは最近そう思う。彼女がセレドを出てから、心なしか、皇宮のそこここに妙に不安を呼び起こすような影の気配を感じるようになった。
(国境でも諍いがあったと聞く)
皇宮の周囲を、これまで見たこともない怪しげな風体のものがうろついていたという噂も聞かれる。
(何かが変わってきているのかしら。でも…何が?)
セレドは小国とはいえ、200年の長き世に渡って平和を保ってきた。小さな戦がなくもなかったが、大抵は皇宮まで届くことのない国の端の戦、それらもこの頃はもう、昔語りの中のみにある、物語の一つと思われつつあった。
だが、ユーノが国を出てから、それらの昔語りはふいに生き生きとした精彩を帯びて甦りつつあるように思われる。
そして、その昔語りの宿す暗い影は、かつてユーノの目に読み取った影と、どこか似ているように思えて仕方がない。
(今頃、どうしているのかしら、あの子…)
レアナの想いは、またもや愛しい妹、ユーノのことに戻った。
セアラの勝ち気さとも、単なる強がりとも違う、揺らぐことのない強さ。
それは実は密かにレアナの憧れでもあった。
(いつも強くて、激しくて、明るくて、決断力があって)
そのどれも自分にはないもの、だからといって妬ましさなど微塵もない。それどころか、ユーノが自分の妹であることは、レアナにとって誇りだ。
(頑張り過ぎて体を壊してやしないかしら。突っ走って危険な目にあってやしないかしら)
時に眠れぬ夜には、レアナは床に跪き、ラズーンの神に敬虔な祈りを捧げた。
ラズーン。
それは何と遥かな、そして不可思議な威圧感を持つ存在だろう。
世界の果てにあり、性を持たぬ神々が住まい、この広大な世界をあまねく支配する統合府、ラズーン。
昔語りの創世の詩が、今もなお息づく伝説の都、ラズーン。
「昔、戦ありけり…」
レアナは柔らかい声で暗誦し始めた。
「大いなる戦なり
天と地は揺れ
悲しみに人々は伏し
世は闇の支配するところとなりけり
一つの星現れぬ
それこそ救いの星
白く輝くラズーンの神の星なり
かくして
世は再び人の営みを始め
闇は光に仕えけり……」