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ラズーン 4  作者: segakiyui
3.罠
19/89

5

 『太皇スーグ』はユーノに考える時間を与えてくれていた。

 ラズーンを発つ時に、ユーノは決めたことを『太皇スーグ』に告げればいい。ラズーンには『正統後継者候補』がまだ数人居る。ユーノがセレドに戻ることを選ぶのなら、それでもいい。だが、ラズーンの『太皇スーグ』の地位を、真の意味を理解せずに虎視眈々と狙う者は少なくない。そのために『正統後継者』は多いに越したことはないし、類まれな剣の才能を持つユーノなら心強い。

 穏やかに説かれて、ユーノは、もう少し待って下さい、と応えるのが精一杯だった。

(アシャは、動乱がおさまれば、セレドに行きたいと願ったと言う)

 『太皇スーグ』は驚くユーノに微笑んだ。何か、かけがえのないものを見つけたのじゃろう、と。

(かけがえのないもの)

 聞かずともわかる。

(アシャがセレドに行ってくれるなら、セレドは1000人の戦士の守りを得たのと同じ)

 そこにユーノの居る意味はない。

 僅かに微笑む自分の顔が引き攣っているのを感じる。

 そして、ユーノの頭は、再びラズーンか、セレドかの間を巡り始める。

(母さまはどう思うかな)

 いつも美しく優しい母だった。白い腕に抱かれた記憶のなさは、いつもユーノを責め続ける、どうして私には母に抱いてもらった記憶がないのだろう、と。赤ん坊の頃や、まだ幼い時は、確かにユーノは母の手にあったのだろうに、それからの激しい十数年間が、その甘やかな感触を散らせてしまったのかも知れない。

(喜ぶかも知れないな)

 素直に、単純に。我が子が栄えあるラズーンの『正統後継者』になったと知って。そのためにユーノが支払う代償には気づかずに。レアナやセアラと揃いのドレスをユーノに作って、ユーノがそれを着るたびに噛み締める苦さには気づかずに、3人の娘を並べてにこにこ笑ったように。

 愚かなだけだ、無知なだけだ、そう嗤うのは簡単だけど。

(いや……母さまのせいじゃない)

 くすりと寂しく笑う。

(私があまりにも私だっただけだ)

 それは何度繰り返したことばだろう。

 誰のせいでもない。ただ、ユーノがあまりにもユーノであっただけのことだ、と。

 旅の楽師の語った昔話の恐ろしさに眠れなくなり、1人夜じゅう、月を眺めていたのはいつの頃だっただろう。3本しか見つからなかったという珍しい花を見せられ、レアナ、セアラと配られて、ユーノに渡されたそれを母に渡したのはいつだっただろう。宮殿の柱を母に見立て父に見立ててしがみついたのは、幾つの時だっただろう。

(母さまの香水を持ち出したこともあった)

 残っていた僅かな量を空にしてしまい、なかなか手に入らぬものなのにと穏やかに詰られた。それをどうしたのかと言われて、自分の寝床に撒いたと答え、すぐさま洗濯されてしまったのは、もっと哀しかった、傷の痛みにふらついて倒れ込む寝床に、温もりはなくとも母の匂いが欲しかったから。

(慌てて探しに行ったっけ)

 まだ香りが残っているものはないかと捜し求めてうろうろし、父に皇女ともあろう者が情けないと叱られた。

『寝床の温もりを抱えているとは、いつまで赤子のようなことをしておるのか』

 そうではないと弁解するにも、何をどう話せばいいのかわからずに戸惑い、話しようがないと気づいて落ち込み、こぶしを握りしめて俯くしかなかった、その記憶も、今にしてみれば懐かしい。

(考えれば、ずっと一人で生きていけるように、訓練され続けたようなものだな)

 誰にも頼らず、何も期待せず、ただ己の力と才覚のみで生き抜いていく術を見つけようと、ずっと足掻いてきた。

(それが今に続いている…?)

 苦笑して小さく吐息をつく。

 そうだ、一人で生きて行くのには慣れている。だから、たぶん、この先も一人で大丈夫だろう。たとえ『太皇スーグ』となっても、何とか生きていけるだろう。

(でも……優しさ、には慣れてない)

 庇われることにも慣れていない。

 だから、アシャの仕草一つに他愛なく心が揺さぶられてしまう。揺れては自分を叱りつける、しっかりしろ、甘えるな、と。

 なのに。

(アシャは、ずっと、優しい)

 いや、ますます、と言うべきか。ユーノの拒否も抵抗も、真綿のように軽くいなして包み込まれていってしまうから、身動きとれなくなってくる。

(だからこうして、馬鹿な堂々巡りになる)

「望みもないのに、さ」

 アシャは言ったのだから、レアナを守ってやりたい、と。一生かけて悔いなく相手、と。きっと今回のセレド行きもレアナに関わること……つまりは、レアナを妻にということなのだろう。

 遥か彼方の大国の王子が、辺境の、それでも心優しく美しい姫に出逢い、気持ちを募らせ、ついに2人が結ばれていく、まるでお伽噺のように。

(私には、決して重なることがない、幸福で美しい、お伽噺)

 眉を寄せ、軽く唇を噛み締める、と、突然ユーノは顔を上げた。

「……誰だ」

 戸口に佇んだ気配に誰何する。

「俺だ」

「イルファ…」

「起きてたか……レスは?」

 扉を開いて入ってきた相手がユーノの片手に目を移す。

「寝てるよ。けど、離してくれない」

「やれやれ」

 イルファは大袈裟に溜め息をついて見せた。

「甘えん坊め」

「いいじゃないか。甘えられる時なんて……そう長くないんだし」

 僅かに翳ってしまった声に、イルファは幸い気づかなかった。

「で、どうだった、あっちは」

「うん……ちょっと、とんでもないことになって」

「とんでもないこと?」

 よいせ、とやや重い動作でイルファが部屋の椅子に腰掛ける。

「ボク、『正統後継者』になるかも知れない」

「は?」

 イルファがぽかんとした顔でこちらを振り向く。いかつい顔が意外な愛嬌をたたえる。


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