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ラズーン 4  作者: segakiyui
3.罠
18/89

4

 ユーノの帰還を喜んだのは、レスファートやイルファだけではなかった。リディノもまた、ユーノの無事な姿を見るや否や、薄緑の澄んだ瞳から零れる涙を拭おうともせず、ユーノにしがみついてきた。

「…………」

 今は夜半。

 片手をレスファートに預けながら、ユーノはもう片方の手で、そっと頬を撫でる。リディノがしがみついてきた時に触れた濡れた頬や、金の巻き毛の感触が、未だにくすぐったく甘ったるく、肌に残っているような気がする。

(私には、あんなことはできないな)

 微かな苦笑を浮かべて考える。

 肩を震わせて泣く。零れる涙を拭きもせずに誰かにしがみつく。

 それらの仕草は確かに少女に与えられた特権なのだろうが、ユーノにはずっと許されなかった。

 肩を震わせて泣いている間に、セアラやレアナ、ミアナ皇妃を守らなければならなかった。しがみつける腕を探して振り返れば、そこにはいつも誰もいなかった。涙を流す間に剣を覚えなくてはならなかった。

 それはユーノにとって、当たり前のことだった。

 その日々を悔いる気持ちはさらさらない。そうしなければ、ユーノは今ここで、生きてなどいなかった。

(けど…)

 リディノのように、素直に自分の気持ちを晒す少女、それも同い年の少女に出くわすと、無性に自分が哀しくなる時がある。

(きっと)

 きっと、ずっと、こうして生きていくしかないのだろう。

 自分を守ってくれる腕は、一生求めてはいけないのだろう。

 誰かに縋れるなんて、考えてはいけないのだろう。

(すっと、一人だ)

 その想いは、ユーノの心の奥に、決して開くことのないその場所にいつも、淡い色の苦い澱を作る。

(だから、いっそ)

 『正統後継者』として、ラズーンを継いだ方が良いのかも知れない。

「……」

 くうくうと、柔らかな寝息を立てて眠っているレスファートを見つめながら、ユーノは『太皇スーグ』のことばを思い返す。


「どういうことですか?」

 緊張した声で、たじろぐことなく、『太皇スーグ』を見つめてユーノは尋ねる。

 たとえ、どれほど『太皇スーグ』が老人に見えようとも、200年間も『一人の人間』が生きていられるとは思えない。だが、今、『太皇スーグ』が口にしたことばは、今ここに居るこの老人が、『200年間』『太皇スーグ』としてラズーンを治めてきたように聞こえた。

「聞いた通りじゃよ」

 老人は淡々とことばを継いだ。

「わしは、200年前、この世を治める『太皇スーグ』となった」

 静かな声だ。

「もうお前は既に、父母からではなく、この世に産まれる者がいることを知っている」

「はい」

 ユーノは警戒しながら頷いた。

 『氷の双宮』の地下にある、幾つもの透明な筒の中に浮いていた、様々な生き物のことを思い出す。それは大きな衝撃だった。だが、予めユーノに施された『洗礼』が、その衝撃を多少は和らげていてくれた。

「あの中に、色の違う筒があったのを覚えているはずだ」

「ええ…、……っ!」

 再び頷いて、ユーノはぎくりと体を震わせた。

 次に『太皇スーグ』が言わんとすることがわかった。

 まさかそんな。

 その思いとともに、ユーノの理解は『太皇スーグ』にもすぐに通じたらしく、相手はどこか物憂げに頷き返し、一言一言区切るように続けた。

「そうだ。『太皇スーグ』の勤めは、祭りから祭りまで。すなわち、200年を、己の肉体を新しく生み出しながら治めていくのだよ。体が老いさらばえれば、それまでの記憶を記録し、己の体から細胞を採って再生装置にかける。次の新しい体ができあがった時に、わしは水槽に身を横たえ、眠りにつき………ほんの一瞬後に、新しい体を持って目覚めるのじゃ」……


(新しい体と…古い記憶と…)

 ユーノはことばもなく、『太皇スーグ』のことばを聞いていた。

 自分の体を見捨てるというのはどんな気持ちだろう。新しい体が用意されていて、自分は死なないのだとわかっていても、その体が『確かに』自分なのかという不安は、常につきまとうに違いない。

 200年は決して短い年月ではない。親しい者が次々と死んでいく中、『太皇スーグ』だけは己を再生し続けて生きていかねばならない。

 それは何と孤独な時の旅だろう。

(1人、時の谷間を歩き続けるのと、アシャとレアナ姉さまの側に、2人の幸せを見ながら居続けるのと、どっちが辛いだろう?)

 そう思って、くすりとユーノは笑う。

 いつか、アシャの笑顔も、レアナの細く白い二の腕がアシャにかかることも、笑いあう2人にも、胸の痛みを感じなくなる時が来るのだろうか。ただ黙って、2人を守り続けながら、何気なく天空を見上げて微笑できる日が来るのだろうか。


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