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「……それで」
イルファはぶっすりと唸った。
「どう思ってるんだ、ユーノは」
イルファ自身はユーノがここに留まるとは思っていない。なのに、レスファートは彼女がここに留まると確信しているように思える。その理由を知りたかった。
「うん…」
イルファの問いに、レスファートはゆっくりと瞬きする。何か遠いものを、いやむしろ自分の内側を深く深く覗き込むような顔になる。
「……ひどく迷ってるの……。どちらかを選ばなきゃならない……けど……どちらを選んでもどうにもならない……って。泣きたくなるよ…」
アクアマリンの瞳が潤む。
「悲しくて……寂しくて……迷ってる…ユーノ…」
吐息が湿った。
「泣きたいのに……泣かないんだもん……ユーノ……ぼくの方が…セツナイよ」
「せつない、ねえ」
こんなガキが、切ない、と言うかよ。
イルファは溜め息を重ねて、唇を噛んで俯いたレスファートを見下ろす、と、ふいに間近に人の気配がした。直前まで感じなかった気配、思わず腰の短剣に手をやって振り返り、イルファは呆気にとられる。
「…お前…」
「やあ、イルファ」
相手は朗らかで明るい笑みを返してきた。足下に踞る少年に気づき、不審そうに眉を寄せる。
「レス、どうしたの? どっか、擦りむいたのかい?」
「、ユーノ!!」
白いチュニック、腰に鈍い銀の帯、額に透き通る輪を嵌めたユーノが、飛びついてきたレスファートを受け止め、しっかりと抱き締める。微笑みながら、レスファートの髪に頬ずりし、小さく囁いた。
「どうしたんだい、レス? ん?」
「ユ、ノォ…」
首にしがみつき、その胸に潜り込もうとするように身を揉んで、レスファートはしばらく強くユーノに抱きついていた。それからようやく満足したように、顔を上げ、体を離して、ユーノを見上げた。
「大丈夫だった? ねえ、何してたの? もう、ユーノ、帰ってこないかと思ってた」
帰ってこない、のことばを聞いた瞬間、僅かにユーノは眉をひそめたが、すぐに悪戯っぽい笑みを広げて片目をつぶる。
「でも帰ってきただろ? また、後で話してあげるよ。……それより、もうお昼だよ? お腹空いてない、レス?」
「すいてる!」
さっきまでべそをかいていたのを忘れたように、レスファートは喜々としてユーノの手を引っ張り、屋敷の方へ歩き出す。
「現金な奴だな、俺だと『いらない』で、ユーノだと『すいてる』か?」
「ふふっ」
イルファの呆れ声にも、レスファートは上機嫌で先に立って歩いていく。手を引っ張られながら、ユーノは生真面目な顔をイルファに向けた。
「アシャが『狩人の山』(オムニド)に行ったんだって?」
「ああ、あんまり気楽な所じゃなさそうだぜ」
「そう、らしいね」
ユーノが厳しい表情になる。
「そっちは?」
「後で話すよ。アシャのことも聞きたいし」
「わかった」
「早くぅ!」
苛立たしげに急き立てるレスファートに苦笑しつつ、ユーノはイルファに頷いてみせた。




