第80話:模擬戦の開幕
王国でも十本の指にはいる猛者、女騎士アイナスとの模擬戦が幕を上げる。
「……お待たせしました、アイナスさん。でははじめましょうか?」
今回はギルドの看板を背負っている。オレは見よう見まねの型で、模擬剣を片手で構える。
「なんだ、その素人のような構えは⁉ もしや、キサマ、私のことを馬鹿にしているのか⁉ ちゃんと真面目に構えろ!」
「いえ、これでも自分なりには精一杯の真面目です。あと『の素人のような』ではなく、本当に素人なんです」
「くっ⁉ そうやって馬鹿にして油断させる作戦か⁉ だが私はそんな卑怯な策には乗らないぞ⁉ たとえ貴様が素人だとしても全力の一撃で終わらせてやる!」
女アイナスは顔を更に赤くして激昂している。模擬剣を上段に構えて、今にも斬りかかってきそうな剣幕だ。
「それでは始めるぞ、準備はいいか二人とも?」
ラインハルトが開始の確認をしてくる。審判役は彼の部下の騎士の一人だが、ラインハルトが開始の合図をするのだろう。
「はい、オレはいつ初めて構いません」
「私もです、殿下! 早く合図をお願いいたします!」
両者の確認はとられた。
主催であるラインハルトは右手をゆっくりと上げで、スッと下げる。
「はじめ」
ラインハルトの開始の合図と同時だった。
「うぉおおおお!」
女騎士アイナスは一気に間合いを詰めて、模擬剣で斬り込んでくる。
「腕一本でも折って、後悔しろ、この無礼者めぇえ!」
彼女が狙ってきたのは、オレの右腕の鎖骨の部分。気合の声で打ち込んでくる。
(これは困ったな。さて、どうしたものか?)
相手の攻撃を見ながら、ふと考える。
たとえ刃がない模擬剣でも、金属製の威力は高い。命中したら鎖骨は折られてしまう。
また剣で防御されても、そのまま右腕の骨ごと打ち砕くつもりなのだろう。たぶん。
(右腕が使えなくなるのは困る。仕事に支障がでるからな)
ギルド職員の仕事は、基本的に身体が資本。たとえ遊びだとしても骨折するのはマズイのだ。
「とりあえず回避しよう」
オレはヒョイッと左に移動。アイナスの上段からの斬撃を回避する。
――――ズシャアアアア!
直後、訓練場の床にアイナスの剣がめり込む。凄まじい一撃だ。
「なっ⁉ この私が外しただと⁉ 奴はどこだ⁉ どこに消えたのだ⁉」
自分の必殺の初撃が回避され、アイナスは信じられないような表情となる。周りをキョロキョロして動揺していた。
「オレはここですよ、アイナスさん」
「――――なっ⁉ いつの間に背後に⁉ き、キサマ、どんな妖術を使ったのだ⁉」
「いえ、妖術や魔法などオレは使えません。普通に横に半歩動いただけですが」
「くっ……また戯れ言を! もしや素人丸出しのフリをして、実は妖術師だったのか、キサマはぁ⁉」
何やらアイナスは勘違いをしている。
もしくは手加減をしている演技をしているのだろうか。
どちらにして“まるで本当に動揺しているかのような迫真の演技”だ。
「ちっ……まさか怪しげな術師だったとは……だが、呪文さえ唱えさしなければ、騎士である私が有利だぞ、キサマぁ!」
そう叫びながらアイナスは再び斬り込んでくる。
「マルレーン王国剣術……《乱れ連撃》ぃい!」
間合いを詰めてくると同時に、彼女は剣技スキルを発動。王国に伝わる連続斬りの斬撃だ。
「連続斬り……か。これも当たったら怪我をしそうだな」
腕利きの騎士や剣士は、魔力によって身体能力や攻撃力を強化できる。特に剣技スキルが発動されると、その威力は何倍にも増大するのだ。
(だが、また横に回避したら妖術師と勘違いされて面倒だな。今回はあまり動かずに上半身だけは回避してみるか)
おそらく今回もアイナスは手加減してくり出しているのだろう。
そのため迫りくる連撃はそれほど速くはない。この分なら素人であるオレでも簡単に回避できそうだ。
ズッシャッ! ズッシャッ! ズッシャッ! ズッシャッ! ズッシャッ!
直後、斬撃音が連続で響き渡る。
アイナスの《乱れ連撃》が空を斬り裂き、高い音を出しているのだ。
「――――なっ⁉ ば、馬鹿な⁉ この私の《乱れ連撃》を全て回避しただと⁉ しかも、今回は一歩も動かずに、だと⁉」
連続斬りを全て回避されて、アイナスは驚愕しながら後方に退く。
まるで信じられない生き物でも見るかのような目で、棒立ちのままのオレを凝視してくる。
「そろそろ止めにしませんか、アイナスさん? この立ち合いには意味はありません」
「な、なんだと、キサマ⁉ 私のことを馬鹿にしているのか⁉ 剣を構えて交える価値もない、格下の相手だとでも言いたいのか⁉」
「いえ、そういう意味ではなくて……」
「く、くそっ! こうなった私の全身全霊で、貴様の化けの皮をはいでやるぞぉ!」
興奮状態のアイナスはもはや聞く耳を持たない状況だった。
腰だめに剣を構えながら、全身の魔力と闘気を高めていく。おそらくは今まで以上に強力な攻撃を放とうとしているのだろう。
「ラインハルトさん、どうしましょうか?」
「……」
彼女の上司であるラインハルトに、落としどころを訪ねてみる。だが真剣な表情で無言のままオレのことを見てくるだけ。
これは自分で解決をしろということなのだろうか。少し困ったぞ。




