第61話:順調な後に
ボロン冒険者ギルドの新規事業、“ボロン酒場”がオープンしてから数日が経つ。
今のところ酒場部門の営業は順調だった。
今日もまたボロン冒険者ギルドの一日が始まる。
「あっ、カンダーさん、おはようございます! 昨夜の遅くまでお疲れ様でした」
開店前のギルドに、出勤してきたオーナーのマリーの元気な声があがる。
今はまだ朝の早い時間。
だがランチタイムの準備のためにカンダーは、毎日マリーよりも早く出勤してきているのだ。
「……オーナー、昨夜の売り上げだ」
「えっ、はい。えっ、昨夜も、こんなに⁉」
酒場部門の責任者はカンダー。
前日の売り上げを受け取り、マリーは思わず声を上げる。予想をしていた以上の多額の金が、売り上げ袋の中に入っていたのだ。
「あ、ありがとうございます、カンダーさん。あっ、そういえば」
「それじゃ仕込みしてくる」
カンダーは寡黙な料理人。最低限の報告だけして、隣の酒場コーナーへと移動していく。十一時からのランチタイムに向けて準備を行うのだ。
「ふう……それにしても酒場部門は、こんなにも収入が多いのね? ランチタイムはリーズナブルな価格だから、つまり夜の売り上げがすごい、ということかな?」
経営者であるマリーはギルド部門の閉店した、夕方六時頃に帰宅する。そのため深夜まで営業してボロン酒場の連日の大繁盛ぶりを、まだ目にしていないのだ。
「そうです、オーナー。今のところボロン酒場は連日連夜満席です」
「えっ、フィンさんは夜も見にきていたんですか?」
「ええ、夜の散歩のついでにですが」
一方でオレは酒場部門の様子を、毎日確認していた。
部門は別ではあるが経営母体はギルドと同じ。事務員として最低の一ヶ月間は確認しておきたいのだ。
「そ、そうだったんですか。ちなみに夜はどんな感じの客層なんですか?」
「大半の客は冒険者です。あと半分は一般市民です」
「えっ、一般市民も? なんか意外ですね?」
「どうやらカンダーがまた店に立ったことが、口コミで広がったようです。連日行列ができている盛況ぶりです」
カンダーは二年前までは自分の店を経営していた。だがオレと出会った直後に、なぜか店を畳んでしまう。
当時のカンダー顧客が、ボロン酒場に駆けつけている状況なのだ。
「なるほど、そういうことだったんですね。でもよく考えたら納得かも。何しろ“あの伝説の五つ星シェフ”が、こんな下町の酒場に開店。値段も以前の二十分の一だけ食べられるだから、ファンじゃなくても来ますよね。はぁ……改めて考えると本当にアンバランスな酒場部門になっちゃったな……」
何やらマリーは深いためをついている。おそらく経営者として次なる一手を考えているのかもしれない。
「そういえばオーナー。覆面調査員のことですが。今のところ怪しい人物は来ていません」
特別昇格試験の告知がされてから、既に十日以上経っていた。だが今のところギルド部門に“それらしい覆面調査員”が訪れた形跡はないのだ。
「そうですか。でも、私的には“先日の四十代の男性”が怪しかった、と思ったんですが……」
「昨日の男性客ですか? ちなみにどのような?」
「はい。店内に入った瞬間、騒然さに立ちすくんで呆然していました。あれはきっとフィンさんの規格外の防音の魔法に驚いていたんだと思います。何しろ店内の音が、大騒音ですら漏れなくなってしまったので……」
マリーが言っている防音の魔法は、オレが店舗自体にかけておいた“簡単な生活魔法”の一種。
それほど難しくない魔法なので、普通の調査員は驚かないはずだが。どういうことだろうか?
「あと、その人は受付のクルシュさんの特殊な仕事っぷりに、すごくびっくりしていました。調査人だとしたら仕方がない反応ですよね。何しろ本物の《聖女様》が本物の神対応で接客して、冒険者の人たちを骨抜きにしているんですから……」
マリーが次に言っているのは、受付係りのクルシュの話だろう。
たしかに彼女の真摯な対応は神対応な部分もある。“聖女”という例えも面白いものだ。
「あと、その人は隣の酒場に行って、“止めでを刺さていた”ような感じでした。カンダーさんの顔を見て驚愕。その後は料理にむさぼっていて放心状態で店を出ていったので……私も最初は同じ衝撃を受けたので、あの人が覆面調査員だとしたら気持ちが分かって同情です」
「なるほど、そこまで観察していたんですね。さすがオーナーです」
「はっはっは……私もフィンさんの規格外さにマヒしていますが、同じように衝撃を受けていいたので、“同じような被害者”の気持ちはなんとなく分かるようになってきたんです」
マリーは基本的には仕事中は気が抜けている部分が多い。
だがオレでも気がつかない繊細な観察も、時にはする。やはり経営者として彼女は計り知れない才能があるのだろう。
「なるほど、分かりました、オーナー。ですが覆面調査員が来店するのは、一度とは限りません。調査機関は一ヶ月に渡るので今後も気を引き締めて、更に次なる経営改革に着手していきましょう」
「うっ……次なる経営改革ですか。はい、ここまできたら私も諦めて万進します! ってか、次は何を?」
「そうですね。次はですね――――ん?」
説明をしようとした、その時である。
“懐かしい気配”が接近……いや、“突如として出現”しようとしていた。
「これは……まさか? いや、間違いないな」
出現しようとしる気配だが、忘れるはずもないもの。
何故ならこの気配は……“幼い時から身近で毎日暮らしていた人物”の気配だからだ。
と思っていた、次の瞬間だった。
――――シュッ、ドっ――――ン!
店の外に、凄まじい衝撃音が響き渡る。
まるで天から隕石でも落ちてきたかのような爆音だ。
「――――えっ⁉ な、なに、これで⁉」
「「う、うわっ――――⁉」」
衝撃音はギルド内にも響き渡る。
開店準備をしていたマリーとレオンが叫ぶ。
「お、お姉ちゃん、今のは?」
「地震かもしれないわ⁉ でも、変ね……本棚から何も落ちていないから、地震じゃなったのかしら?」
突然の衝撃音に二人は混乱していた。だが地震の被害は店内に皆無。更に疑問が広がる。
「レオン、とりあえず外に避難を! フィンさんも急いで!」
「外に……ですか。そうですね」
災害だと思っているマリーの先導で、オレもギルドの外に出ていくことにした。本当は嫌な予感がするか外には出たくなが、オーナーの指示だから仕方がない。
「あっ、お姉ちゃん! あそこ見て! まるで空から何かが落ちてきたみたいに、なっているよ⁉」
レオンの指摘したとおりの状況だった。
空か何か落下物が落ちてきたのだろう。その影響で煙幕のように砂ぼこりが立っている。
ギルド前の少し広場が円形状にえぐれていたのだ。
まだ朝早い時間だったので、通行人の被害者はいない。だが近所の住人も野次馬として集まってくる。
「すごい砂ぼこりね……いったい何が落ちてきたの⁉ えっ、ちょっと待って……砂ぼこりの中に、誰かいるわ⁉」
マリーは指摘した通りだった。
段々と砂ぼこりが落ち着いてきた中心部に、人影が見えてきたのだ。
「ん⁉ あれは女の人? えっ……どうして女の人が⁉」
人影の髪の毛が長いシルエット的に、砂ぼこりの中にいたのは女性だった。
信じられないように、マリーは固まっている。何が起きたか理解できずにいるのだ。
「やはり、そうか。はぁ……これは困ったな」
だがオレでは状況を理解していた。思わず深いため息をついてしまう。
思わずこの場から立ち去りたくなる。
「ん? そこにいるのは……はっはっは! ようやく見つけたのじゃ、フィンよ!」
だが時すでに遅し。
砂ぼこりの人影が甲高い笑い声の上げながら、こちらに近づいてくる。
相手もオレのことを認識したのだ。
「えっ、中にいたのはフィンさんの知り合いなんですか? ……って、幼女⁉」
マリーが叫びながら指摘した通り。砂ぼこりの中から姿を現したのは、銀髪褐色の幼女だったのだ。
「ええ、オレの知り合いです、オーナー。お騒がせしました」
「“知り合い”じゃと⁉ 何を他人行儀なことを言っているのだ、我が息子フィンよ! 母親に向かって失礼じゃろうが⁉」
「え――――フィンさんの、お、お母さん⁉ こ、この幼女さんがですか⁉」
「ええ、そうです。戸籍上、一応は母です」
こうして“世の中でオレが一番厄介なだと思っている人物”が、職場にやってきた。
「はっはっは! 待たせたのう、我が息子よ!」
腰に手を当ててドヤ顔している幼女。
オレの師匠であり育ての親であるララエルが突然、王都にやってきたのだ。




