第50話:来訪者
悪徳経営者リッパーの襲撃から数日が経つ。
ボロン冒険者ギルドは平穏な日々が戻っていた。
そんな中、王都公正取引委員会の筆頭調査官ケンジー=ヒニリスが突如来店してきた。
「そこまで萎縮しなくても大丈夫です、マリーさん。本日ここに来たのは報告のためです」
「へっ?……ほ、報告ですか?」
「はい、報告です。例のリッパー冒険者ギルドの経営者に対する処分についてです」
調査官ヒニリスが口にしたのは、先日の襲撃事件の首謀者リッパーについて。リッパー冒険者ギルドの調査には王都公正取引委員会も絡んでいたというのだ。
「結論から伝えますと、あのリッパーは数々の贈収賄などの不正行為によって有罪。王国の辺境にある“鉱山送り”の重罪。財産はすべて没収となり、彼のギルドも閉鎖となります」
ヒニリスは表情一つ変えずに報告をしてきた。この結果は先ほど王都公正取引委員会から正式に発表されたもの。そのため特に秘匿する内容ではないという。
「“鉱山送り”の重罪に、ギルドも閉鎖ですか。自業自得とはいえ、あれだけの襲撃事件も起こしたから、仕方がないですね」
報告を聞いてマリーはため息をつく。たしかにリッパーは人として足を踏み入れてはいけない犯罪を繰り返してきた。
だがあの男が贈収賄などを行ってきたのは、すべて自分のギルドを大きくするための自己顕示欲のため。つまりギルド経営者の誰もが陥る罠に、リッパーは堕ちてしまったのだ。
「私も気をつけなきゃね……こういうのは」
ギルドの経営再建を目標とするマリーは、自分自身に言い聞かせるように呟く。
ギルドの売上ばかりに気を捕らわれてしまうと、時には魔が差してしまう時もある。経営者として彼女も気を引き締め直していたのだ。
「いい心がけですね、マリーさん。はやり貴女は一流のギルド経営者になる素質があります。あと、一つだけ訂正しておきます。その“襲撃事件”に関しては、今回はリッパーには罪は与えられていません」
「えっ⁉ ど、どうしてですか⁉ あんな大事件を起こしていたのに⁉ フィンさんだって命の危機があったのに⁉」
マリーが驚いて聞き返すのも無理はない。何故ならリッパーは十人規模の裏冒険者を雇って、オレたちに襲撃をかけてきた。王都の法律だとかなりの罪になるはずなのだ。
「たしかにマリーさんの指摘は正論です。ですが今回はラインハルト殿下……《王国竜鎖騎士団》の総団長が、そう判断を下したのですよ」
「えっ……あの第二王子さまがですか⁉ で、でもどうして……?」
マリーが不思議に思うのも無理はない。あの現場を取り締まった王子ラインハルトは、現行犯でリッパーを逮捕していた。それなのに、どうして襲撃の件は、今回の罪に数えなかったのだろうか?
「私もラインハルト殿下に質問しました。そこで返ってきた答えは……『愚かな小虫が知らずに、巨大な竜に襲いかかったのは罪と言えるか? いや、言えないだろう。だから襲撃事件は深く考えるな』でした」
仕事に真面目なヒニリスは、ラインハルトに襲撃事件の件を訊ねたのだろう。だが不思議なな例え話ではぐらかされてしまったのだ。
「えっ……『愚かな小虫が知らずに、巨大な竜に襲いかかったのは罪と言えるか』ですか?た、たしかに、それは罪に数えるは可哀想かもしれないですね、今回の場合は……ふう……」
説明を聞いてマリーは何やら納得していた。隣にいたオレに視線を向けながら、深いため息をついていた。
「それに噂の襲撃事件ですが、翌朝に私も駆けつけてみましたが、現場の証拠が何一つ残っていませんでした」
「えっ⁉ 現場に証拠が何も残っていなかった、ですか⁉ だって、あんなに激しい戦いの跡があったのに⁉」
思わずマリーが大きな声を出すのも無理はない。リッパー襲撃事件の爪痕は、あの裏通りに深く残っていたはず。
「あっ……」
マリーは何かに気が付いた。視線が再びオレに向けられる。視線は『フィンさん、また何かしたんですか⁉』と言っているようなきがした。
彼女の直感は正しい。あの襲撃の爪痕は、オレが立ち去り際に全て【概念逆行】で完全復旧しておいたのだ。
何しろ裏通りの建物を破壊したのは、すべてオレに反撃によって。飛ぶ鳥跡を濁さず、心がけて原状回復しておいたのだ。
「あのように『まるで何事も起きていなかった状況』では、さすがに私も殿下の決定に口出すことはできません。そのため噂の襲撃事件は、存在そのものが事件記録から消えたことになりました。まぁ、個人的には複雑な心境ですが」
真面目なヒニリスは、まだ納得がいっていないのだろう。冷徹な表情が少しだけ揺らぐ。
「……以上が今回の報告になります。他になにか質問はありませんか、マリーさん?」
だが流石は冷静沈着な筆頭調査官。ヒニリスはすぐに気持ちを切り替え、話を終える。
「い、いえ、特にありません。わざわざ報告ありがとうございます、ヒニリスさん!」
「そうですか。それでは失礼いたします。マリーさん。それと……フィンさん。“また”来ます」
最後にオレに鋭い視線を向けて、ヒニリス調査官はギルドを立ち去っていく。
本当はオレに対して何か言いたかったような顔。おそらくまた何かにつけてボロン冒険者ギルドに調査にくるのだろう。こちらは経営に関してやましいことは何一つしていないが、油断ができない相手だ。
「ふう……なんか、どっと疲れましたね、あの人と話すのは」
対応していたマリーは深い息を吐き出す。ヒニリスの調査は大の大人でも値を上げてしまう厳しい空気感がある。まだ若いマリーは心労が溜まってしまったのだ。
「それではお茶でも飲みますか、オーナー?」
「ありがとうございます、フィンさん。お言葉に甘えちゃいます」
「分かりました。それでは淹れてきますね。ん?」
一息つこうとした、そんな時だ。またギルドの玄関付近がざわつくのに気が付く。
今度はいった誰が来たのだろうか?




