信じろ
森までの1kmは短かった。砂漠での歩行距離に比べれば、短いか。
森の木は約3m。辺りは霧で満ちていた。
カチャンという音が足元からした。カイが何かを踏んだらしい。カイがそれを持ち上げると、それは黒い剣だった。
「まあ、剣はあって困るものでもないし、持っていくか。」
カイは剣術に優れている。これは心強い。
「さまよいの森。ここでは多くの人が帰れなくなって、朽ち果てる。」
レイコは無感情でそう言った。
「もう、やめてよ!」
カレンはまた、震え出した。
「大丈夫だ。俺は地図魔法がある。一度来た道は示せる。」
彼が指を鳴らすと、線が道に現れた。
「でも、辿り着けるの?さっきから、同じ景色だけど。」
俺達は森に入った方向をずっと真っすぐに歩き続けていた。しかし、辿り着く気配はない。
早三十分は経っただろうか、さすがに疲れてきた。湿気で体が気持ち悪い。そして誰もが思っているはずだ。本当にたどり着けるのか…。
先頭を歩くカイは黙々と歩いている。が、いきなり振り返り、
「もし、宝を手にしたら誰のものにするんだ」
と言った。
「そりゃ、ものにもよるけど山分けでしょ」
「そうか…」
約三秒後、カイは体の横から大きく剣を振りかざした。咄嗟に俺は腰の剣を持ち上げて受け止める。急な判断のため、持ち方もままならず、そのまま弾き飛ばされる。
「いきなり、なんだよ!」
「俺は必ず宝を手にする。そして全て俺のものにする。一つ残らず俺の力となるのだ。」
カイの目つきは鋭く、今までとは別人である。剣の刃が黒い炎に包まれる。
「そ、そんな魔法が使えたの?」
「あなた、最初から敵だった?」
カレンとレイコが驚く。一番驚いているのは俺だ。あんなに優しかった彼が…。
「くらえ。」
そう言った刹那、下段から剣を振り上げてくる。どうやら、彼女たちを狙う気はないらしい。俺は上がってくる剣に向かって剣を振り下ろす。しかし、すぐに上段から切り下ろす。十回ほど様々な角度から攻撃を受ける。俺はかろうじて防いだが、相手の剣をはじくので精一杯だ。
…まずい。
明らかに剣術はカイが上だ。
「やっつけて」
レイコが言う。そう言われても、彼を傷つけたくない。
「おい、覚悟は決まったか。」
カイは鋭い視線を向けてくる。彼は本当にこんな人物だったのか。確かに宝に固執している節はあった。しかし…。
もしかしてあの剣が原因か。だが、魔剣なんて存在するのか。
「選択肢は2つ。死ぬか、俺を殺すかだ。」
カイはそう言う。いや違う。死ぬか説得するかだ。俺はカイが剣か何かに心を変えられたという説に賭ける。
だって彼は優しいから。
「カイ、剣を交換しないか。」
「なんだと?俺の目当てはその剣だ。もらえるなら命だけは助けてやってもいいぞ。」
そういうことか。なら…!
「いや、その必要はない。俺はこの剣が嫌いなんだ。歴史のあるこの剣を使ってお前を倒しても、何も嬉しくない。だから交換し、決着をつけよう。」
なに言ってるの?という声が背中に当たる。俺はそれを無視する。
ゆっくりと近づき、剣を交換した。彼はやはり騎士なのか、不意打ちをしてこなかった。
やはり賭けは成功している。心の全てが闇に飲まれているわけではない。あとは、この剣があれば…。
なんなんだ、この剣は…。重い。そして体の一部のような不思議な感じがする。待てよ、もしかしたら俺が闇に飲まれるんじゃ…
しかし、剣は壊れた。突然、割れた。そして、よく見ると、カイは倒れている。
「大丈夫か!?」
俺は走ってカイのもとに行った。カイは目を覚まさなかった。
「このガキが…!」
突然、声が森に響き渡る。そして、5m先に5mの人間が現れた。
「仕方ない。直接殺してやる。」
彼女はいわゆる巨大魔女だった。手に黒い炎を持ち、俺たちに投げてくる。
「避けろ!」
俺達は全力で逃げた。木が多い所に行き、俺は草むらの中に隠れた。すると、目の前にレイコの顔があった。
「大丈夫?」
「うん。」
顔が近くて気まずそうにしていると、
「私、村長さんに聞いてみる。」
レイコは通信魔法を使った。音声のみで、村長と連絡しているみたいだ。
「俺は様子を見てくる。」
俺は中腰になり、辺りを見回した。カイは同じ場所に倒れている。待っててくれ、助ける。しかし、カレンの姿が見当たらない。まさか、魔女に連れ去られたのでは…。
頬を汗が通った。これが冷や汗なのか、湿気による汗なのか分からない。しかし、動機が止まらない。あんな風に攻撃魔法を使ったり、恐らくだが、心を操ることができる魔女を倒せるのか。頼りは村長の助言くらいか。レイコはひょっこり頭を出して言った。
「お父さんは、見極めろ、だって。魔女ができる魔法には限りがある。実物に見えて偶像のものもあるから、見極めるんだ。」
アドバイスが抽象的で驚いた。
「行こう」
レイコとともに、カイのもとへ戻る。約50m先に魔女が見えた。レイコにカイを任せ、剣を拾い、俺は魔女に向かって走った。
カレンは、魔女の近くで手を広げていた。
「私、ずっと前から、魔女になりたかったの。さっき、この方に魔法を教わったわ。そしたら、こんな風にね。」
両手から炎を出した、この炎は黒くなかった。
「もう、だまされない。」
俺はカレンを無視し、魔女のもとへ走った。そして剣を振る。しかし、魔女の体は幻影だった。そして俺の後方に瞬間移動した。すぐさまもう一度切る。しかし、やはり、空を切った。そしてさらに遠い、カイの近くにワープしていた。
「あら、私を倒せないのかしら」
やはり今見えている魔女は幻影だ。それは分かる。しかし、本体はどこにいる。
考えていると、顔に熱風が当たる。どうやら顔の数mm横を炎が通っていった。熱い。これは幻影ではない。
「すごいでしょ、私だってやればできるのよ」
カレンは言った。悲しみ喜び怒り憐れみ虚しさ、全てを含んだ声だった。やっぱり彼女も操られている。カイは剣を奪ったら元に戻った。カレンも何か持っているはずだ…
ない!
彼女は素手で魔法を出しているし、装備も何も変わっていない。カレンは炎を飛ばし続けた。しかし、一つも命中はしていない。魔女はその姿を見て終始笑っているだけで何もしてこない。
これは考える時間がありそうだ。適当に魔法を避けているふりをし、焦った顔をしておけば、魔女は何もしてこなかった。しかし、カイが目覚めないのが気がかりだ。何かあったのだろうか。そして、レイコの姿がないのも気がかりだった。
カレンを助けるためにも、カイがおかしくなった経緯をもう一度考える。彼は剣を拾い、しばらく経ち、襲ってきた。しばらく経ち…。カレンはどうだ。カイが気絶するに伴い、数分で変わってしまった。この時間の差はなんだ?魔法がかかるまでの時間か、それとも場所か。2人とも変化したのはこのあたりだ。なにか魔法陣でもあるのか。
答えは見つからなかった。とりあえず、あたりを見回し、魔法陣らしきものを探す。
なぜ気づかなかった。
いや、魔法陣を見つけたわけではない。しかし、どうして森が燃えていない。
カレンは炎の魔法をもう数十発は放ったであろう。であるのに森は燃えていない。肌をこがすような熱風からしてあれは本物だ。なにかがおかしい。
「どうしたんだ坊や。私との鬼ごっこ、疲れちゃったかい?」
魔女は挑発ばかりしてくる。
「必ず捕まえてやる。」
あえて乗った。なにか分かるかもしれない。そして全力で走り、切る、走り、切る…。数回行って分かったことは、魔女は同じ場所を回るように逃げていくこと。
そうか!カイの変化の時間も挑発の意味も。やつは俺たちを進めたくないんだ。カイが急に変わったのはこの森のゴールが近いからだ。そして魔女は近くの人間しか操れない。だから、カイもカレンも…。
確認はあとだ。とにかく、あいつが1番嫌がるのはこれだ。
「待ちやがれ、ガキが!」
60mほど進むと、洞窟の入り口があり、その前にフードをかぶった女性が正座をして手を合わせていた。
コツンっ
剣の柄で頭を叩いた。い、痛い、と言いながら頭を抑えた。
「観念するんだ」
脅してみた。しかし、彼女はそれを聞き終わる前に逃げていった。木の中に消えていった。その途端、周りの木々は数本のみとなった。森が燃えない理由もこれで分かった。戻ってみんなの様子を見に行った。カレンはキョロキョロとしていた。
「大丈夫か?」
「え、なんのこと?あ、カイ!」
カイは立ち上がった。伸びをして、あくびした。
「あ、おはよう二人とも」
「いや、おはよーじゃねえよ」
カレンは笑った。やっぱり二人は操られていただけだったらしい。表情がまるで違う。
「で、今まで何があったんだ。俺はなぜ寝てた。」
俺は心の中で思った。説明するのめんどくせえ〜。
「あ、2人とも、戻ったんだ。」
「あ、どこにいたんだよ」
レイコが歩いてきた。
「これ、読んでた。」
その手にはぼろぼろで砂ほこりにまみれた本があった。砂遊びでもしていたと思われるその本の名は…
「魔女日記」
彼女は笑顔で言った。恐らく自分で命名した。
「何か分かると思ったから。」
危うく、彼女を責めるところだった。
「何か書いてあったか?」
「まず、森を大きく見せていたのは迷わせる為みたい。それから、彼女はブラックナイト、アルーマの妹。」
「えー!」
3人の目も顔も声も同じだった。歴史上の人物の妹と闘っていたなんて。
「彼女はアルーマと共に旅をしていた。彼女はこの森で、覚醒してしまう。兄にばかり頼っていた彼女は遺跡で見た文字を唱えた。すると、さっきの2人みたいにアルーマは変貌した。恐ろしくなった彼女は彼を洞窟の中に入れ、洞窟を何年も守っていた。」
「じゃあもしかして、アルーマは中にいるのか!」
「本当に会えるかもしれない。」
レイコの興奮は極大値を迎えた。
「他にも面白いことが。その数年後、レオニオがこの森に来て…ここから、ページは破れているけど、確認できる文字は、『初めて魔法が』『レオニオの剣』『決闘』と書いてある。」
「やはり決闘はあったのか。」
「かもしれない。昨日の記録もあって、そこまで全部読んだけど、魔法を破った人はいなかった。だからおそらく、あなたは二番目」
俺の目をまっすぐな瞳で見てきた。
「二番目?どーゆーこと?」
レイコが大きな声を出す。そうか、俺は2番目なのか。でも、カイの魔法が解けていなかったら、全滅していただろう。どうして、戻せたんだ?分からない。剣の交換は正解だったらしいが。
「腹が減った。」
カイが呟いた。
「カレン、料理お願い。」
「じゃあ、さっきの教えてよー!」
レイコは何回でも話すという顔をしていた。よほど、日記の発見が嬉しかったのだろう。それよりも、俺は気になった。ブラックナイトがいるかもしれない洞窟。
ここに必ず、何かがある。