旅立ち
ん?これは夢か?
かれんが前から走ってくる。俺に向かって。え、そんなことある?
「ねーねー空、夏休み遊びに行かない?」
と言った。
彼女の髪は茶色いセミロング。髪の長さと魅力について、ショートは幼さ、ロングは大人っぽさという不確定な方程式があったとしたら、彼女はまさしくセミロングだった。基本的にはやんちゃで可愛いのだけど、時に見せる落ち着き、といった大人の魅力は正直ずるいほど魅力的だ。
そんな彼女の誘いだけど、俺は、返答にひどく悩んでいた。悩むのには、二つ理由があった。一つは、外出が好きでないこと。外出は、実際行くと楽しいことが多いし、思い出にもなる。でも、今年のこの暑さを考えると、夏休みもかなり暑いだろう。それに、行く前日とかになって急に行きたくなくなる。あの倦怠感はいったいなんなのだろう。そして、二つ目は、夏休みは涼しい部屋の中で映画のDVDをたくさん見るという予定を立てていること。あの、天国にいると錯覚させるエアコン様のおひざ元で世界の名作と言う名作を楽しむ。こんな楽しいことはあるだろうか?
彼女の左手には、見たことがないチケットを持っている。もう、買ったのか。それを断るのは失礼だと思う。でも、かれんはモテるんだ、俺の代わりなんていくらでもいくらでもいくらでもいそうだが。
「もー何で黙ってるの?」
俺の右手を掴み、彼女はそう言った。
俺は彼女を心底可愛いと思っている。遊びに誘われたのも嬉しい。ただし、これは予想だが、俺は人数合わせで誘われている。彼女は今のクラスで、よく男女二人と一緒にいるらしい。その二人とは多少仲が良いが、三人の仲ほどではない。もし本当に人数合わせの場合、遊びの最中に話題についていけなかったり空気感が分からなかったり惨めで寂しい思いをするだろう。それが怖くもある。
どちらにしようか…。
ということで一旦ごまかすことにした。情報を集めてから考えたかった。
「あーいいね。予定が、空いてたら、ね。じゃあ。」
背中に、そっか、という弱めの衝撃波が飛んでくる。精神的なダメージは大きい。
向いた方向と教室は逆向きだった。でも、今帰ったら、彼女にに鉢合わせしてしまうし、仕方ない、散歩でもするか。
約5m、綺麗でも汚くもない緑の廊下を歩くと階段に差し掛かった。
この高校、地下なんてあったのか。覗いてみるか。
おそるおそる下の階を除くと、扉があった。戻るにはまだ早いし、中を見てみようと思った。
扉は木製で、少し動かすだけでギィーっと音を立てる。10cm開けたくらいから、扉の向こうから白い光が溢れ出した。
…ねえ…ねえってば!
ん?かれん?
ベッドで寝ていた。
「ソラのお母さん、心配してたよ?早く行ってきな。」
彼女は出ていった。って、なんだあの格好。白と赤の魔法使いが着てそうなファンタジーなファッション。
「母さん、おはよう。」
って、母さんもなんて服着ているんだ。カレンが着ていた服をひと回り大きくして赤の部分を青くしただけの服。もしかして流行っているのか?
「全然起きないから心配したよ。」
「え、今何時?」
「もう夕方だよ。」
そんなに寝ていたのか。昨日なんかしていたっけ。思い出せない。
というか、なんでカレンは俺の家にいたんだ。ま、カレンに聞きに行くか。
その前に着替えないと。俺は部屋のクローゼットらしきものを開けた。中には、青いマントに鎧に、アニメのキャラが着てそうな派手でかっこいい服があった。黒い引き締まった服の周りに軽く、青と白で装飾がついてる。なんていう種類の服かわからないが、かっこいい。まあ、鎧はおかしいもんな。これを着よう。
家を出ると、熱風が俺を襲った。そして俺の知らない景色が広がっていた。地面は柔らかい砂で覆われていた。黄色とオレンジの間の色の砂である。家々が円形に並んでいる。家はどれも木造で、同じ形をしている。二つほど大きい家があった。その円の中心は凹んでいて、木が無造作に置いてあった。恐らくここで木に火をつけ、集会でも開くのだろう。
周りを見ていると、俺を見つけたカレンが走ってきた。
「ねーねーソラ、明日宝探しに行こうよ!」
「た、宝探し?」
「そう、洞窟に眠る伝説の秘宝を探しに。」
とりあえず、服については突っ込まれないから良かった。それより、宝探しってなんだ?
「なに、驚いてるの?」
カレンは急にクスクス笑い出した。まるで、俺が世界のはみ出し者のように。
「この年なら、みんな行くでしょ。一年に一回くらい。それにせっかくの夏季だよ?」
俺は起きてから、ある考察をしている。それは、もしかしたら俺は記憶を失ったというものだ。
「まあ、わかった。えっと、二人で?」
「カイとレイコが行きたいって言っていたから、四人だね。」
カイとレイコ…誰だ?
「これから、みんなでご飯を食べようって思ってさ。ほら、行こ」
宝探しってなんだ。かしこまって言うあたり簡単にできるものでもなさそうだし、その洞窟だって遠いんだろうな。知らないことだらけの今、ひどい目にあったりしないだろうか。とカレンの背中を見ながら不安と仲良くしていた。
そのままカレンに手を引かれるままある家に到着した。カレンと手を繋いだのはこれが初めてである。その家は先程見ていた大きな家の一つであった。
俺は食事には、ひどく緊張していた。相手は俺のこと知っている。でも、俺は知らない。知らないって感情ほど、こわいものはない。なんだか取り残されたような、一人ぼっちのような気分になる。話題についていけないときの苦痛も同じだ。知らないことがまるで罪みたいに思える。もちろん、知ったかぶりしてしまう自分もいけないのだけど。
「やあ、ソラ、久しぶりだな。」
恐らくカイであろう男が挨拶してきた。
「お、おう、久しぶりだな。」
ぎこちなく俺は返事した。この男は、がたいがよく、むさくるしい部類の男だ。嫌いではない。
「ついに明日なんだな、宝探し。俺はどうしても、宝を見つけて母さんに渡したいんだ。」
母さんに渡したいって、宝とはどんなものなんだろう。あ、
「お金にして、親孝行したいってことか」
声が小さかったのか、カイは返事をしなかった。
「私、今日眠れないと思う。」
背が小さくて目が真っすぐな女の子が言った。髪がわずかに青く、神秘的な雰囲気のある女の子だ。
「レイコは昔っからそうだよねー。」
カレンは楽しそうに笑う。この子がレイコね。
「そういえば、明日の準備はできているのか?」
カイが訪ねてきた。
「いや、さっき急に誘われたからさ。」
「そうか、剣はあした村長にもらうから、準備の必要はない。他に足りないものとかありそうか?」
剣・・・。宝探しにどうして剣が必要なのか。それに他の荷物も検討がつかない。俺は返事に困って狼狽した。
「初めてだから、分からないよな。明日の持ち物は、鎧と水くらいか。」
他の旅についての質問にも、カイは全て答えてくれた。カイは俺の知っている人物の中で一番と言えるほど良い男だった。俺が無知であることを馬鹿にしたりしない。俺はカイがいればこの宝探しもきっと成功すると思えた。
「これはこれは。旅立つ勇者諸君、食事をお持ちいたしたぞ。」
髭を生やし、ワインレッドのワンピースみたいな服を着たおじさんが部屋に入ってきた。革靴を履き、頭には白い布を巻いていた。
「村長様、この度は支援していただき、誠にありがとうございます。」
カイが片膝をつき、礼を述べた。カイって大人だ。本物の騎士のようだ。
「いやいや、子供たちが立派になっていくことはさぞ嬉しいことだ。まあ、うちの娘は一向に大きくならないが、」
「お父さん、うるさい」
カレンが村長に向かって言葉の矢を放った。俺は驚き、まるで自分が矢に刺さったかのような顔をして彼女を見た。驚いているのは俺だけだった。カイもレイコも笑っていた。村長も心に矢が刺さったみたいなそぶりをして笑いを引き出していた。
「ほら、食事が冷めてしまいますぞ。」
村長の後ろから、女性が五人出てきて机の上に次々と料理を置いた。
料理は豪華だった。何の肉かは分からないが大きな骨付き肉が八本あった。それはキャンドルが灯す光で輝いて見えた。手に持ってみるとその輝きの根源は表面の油にあった。油が光を反射し、俺の食欲を強く刺激した。俺は最大に口を開け、かぶりついた。
他にも色とりどりで、取れたてだと自ら主張するように光る野菜と、大きな鍋の中に黄色く優しい世界を作っているスープがあった。
手が込みすぎるわけでもなく、ただただシンプルでいい料理だと思った。この料理を考えた人はなかなかのやり手に違いない。
その料理を食べる中、俺は元気がみなぎってきた。明日の宝探しが楽しみになっていた。仲間と、一つの目的のために旅をする。それは憧れに近い。それこそ、RPGのように、いつか冒険したいと思っていたことを思い出した。
食事を済ませると、カイは言った。
「じゃあ、また明日、外で出発式だな。」
「早めに寝ないとね!」
カレンがワクワクを抑えられないように言った。寝坊しないでよーと、俺とレイコに言ったあと、二階に登っていった。
…ねえ…ねえってば!
ん?かれん?
ベッドで寝ていた。
「みんな、心配してたよ?早く起きな。」
・・・。なにこれ、ループ?
俺はカリンが昨日と服が違うことに気づき、安堵した。今日は宝探しの日みたいだ。
案の定、俺は寝坊した。全然眠れずに、目をつぶり続けた。朝まで眠れないかと思っていた。
俺は鼻歌を歌いながら、鎧を着た。想像より軽かった。
俺は覚えていた水を革袋に汲み、家を出た。
村の出口には何人かの人が集まっていた。カイの顔が見え、俺は走った。
「やっときたな。」
カイは笑顔で俺を向かい入れた。
「では、君たちに剣を渡そう。今回は誰が持つのだ」
なんてかっこいい剣なんだ。誰が持つのにふさわしいかは分かっているけど、持ってみたい。
「遅刻したので、ソラに持ってもらおうと思います。」
カイはそう言った。って、まじかよ。
「この剣があれば、洞窟の奥に入れる。気を付けるのだぞ。」
俺は剣を受け取った。銀色に輝くその刃は闇を消しさるだろう。この重みは歴戦での活躍を背負っているからなのだろう。ベルトにしっかりとはめた。両親に行ってきますと言い、俺たちは旅立った。