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炎華繚乱 昊耀国女帝伝  作者: 悠井すみれ
天遊林の日常
19/74

12.閨でするような話

 炎俊(えんしゅん)が勝手で大事なことを言わないのは最初から一貫している。だから、さっさと忘れるべきなのだろう。帝位争いの倣いの詳細、血を流さずに戦うことをさだめられた皇子たちと妃たち。知ったところで朱華(しゅか)が何かできる訳でもないし、やるべきこと――それが何なのか、まだ具体的にはピンと来ていないけど――が変わる訳でもない。大体、教えてくれなかったというなら(とう)家の教育係も同じことだ。


(身代わりには期待してない、って……要は、《力》と身体だけで勝負して来いってことよね!)


 朱華が何も知らされなかった理由は何か――炎俊に仄めかされた事実は、はっきり言って不快ではある。でも、駒扱いなのは初めから分かっていたこと、今さら腹を立てることでもない。ない、はずなのだけど――


「少し寝たくらいでは疲れは取れないか。今日は早めに休んだ方が良いな」

「気遣ってくださるの? なんてもったいないこと」

「疲れや寝不足は判断力にも差し支える。何があろうと万全の体調を心掛けるのが良いだろう」

「……そうでしょうね。あんたはそういう奴よね」


 楽な格好に着替えての夕餐の席で、朱華は炎俊がわざわざ言及するほど不機嫌な顔をしていたらしい。気遣うどころか不心得を(たしな)める口調なのはいかにもこの女らしいこと、ほんの一瞬、ほんのわずかといえども期待したのは間違いだった。


「陶妃様、お口に合わなかったでしょうか……」

「いいえ、そういうことじゃないの。美味しいわ、ありがとう」


 心配そうに眉を寄せる侍女の紫薇に、朱華は慌てて首を振ってみせた。仏頂面の原因が、宮の主たる炎俊皇子だとは言いづらかった。皇族への無礼を憚ったのではなく、ただ忠心篤いらしい侍女の反応が面倒そうだと思ったからだけだったけど。第一、面と向かって気に入らないと言ったところで、炎俊が言動を改めることなどあり得るとは思えなかった。


 朱華も星黎(せいれい)宮に戻ってからは心穏やかに寛ごうとしたのだ。一応は、ここが今の彼女の家なのだし。髪から(かんざし)を抜けばかなり頭は軽くなったし、紫薇は朱華の食の好みをも把握してくれつつある。偽の雪莉(せつり)姫として気を張っていなければならない身の上だから、自分を偽らないで済む場所も時間も本来は貴重なはずなのだ。


(ある意味、素といえば素なんだけど!)


 不機嫌を隠さないままでも許されるこの状況は、ある意味では演技や偽りは不要と言えなくもないのだけど。でも、これでは疲れを取るどころではない。

 そもそも、常に目の前に炎俊がいて寛ぐのが難しいのだ。試すような言動ばかりで、肝心のことは中々教えてくれない、形ばかりの()に対して、朱華はまだ心を許していないのだから。


「……今日も一緒に寝るの?」

「夫婦とはそういうものだろう」


 炎俊のこういう物言いにも慣れてきた。女はこう、男はこう、と。性別や立場によって決めつけるような言い方には、お前はどうなんだ、と思わざるを得ない。自分は女ではないようなことを言うくせに、決して男ではない癖に。

 ただ――そういう考え方をすることで男らしく皇子らしく振舞おうとしているのかもしれない、とも思う。皇帝の子に生まれたからといって帝位争いに参加できる訳ではないのなら、この()は確かに優秀だし努力も自律も並みではないのだろう、多分。反発するより、取り入るとか協力するとかを考えた方が良いのだ。……恐らくは。


 どうにか溜息を胸の裡に留めながら、朱華は箸を置いた。炎俊に対する時に感情的になっては、子供か子犬のようにあしらわれるだけ。理詰めの方が良いのだと、何となく分かって来ていたのだ。食事を中断して話をする構えを見せた上で、努めて穏やかに、かつ噛んで含めるようにゆっくりと並べる。


「私たちは普通の夫婦じゃない。内緒話ならこの宮の中ならどこでもできる。寝るだけなら一緒の閨じゃなくて良い。できれば寝室は分けたいのだけど」

「普通ではない、か。確かにそうだったな」

「でしょ?」


 案の定、というか。あっさりと頷いた炎俊に、朱華は内心で安堵する。これで食事を味わう気力も湧くというものだった。そう、皇子と妃に出すだけあって、味の方は確かなものなのだから。少なくとも食の方面に関しては、朱華は今の境遇に何ら不満を持っていない。

 そもそも箸を止めてさえいなかった炎俊は、淡々と美食を平らげている。表情を動かすことはないけれど、少し甘めの味付けは、主人の舌に合わせているのかもしれない。多分、朱華の夫は甘党だから。


 朱華の機嫌が少し上向いたから、という訳でもないだろうけど、炎俊は控える紫薇にちらりと目を向けて命じた。


「紫薇、妃にも部屋を用意しておくれ」

「まあ、おふたりで親しくお話なさればこそ、お心も近付くというものでしょうに」

「そなたはそう言っていたが、本人が望むのでは仕方ない」


(この()が薦めてたんだ……)


 心底残念そうに溜息を漏らす紫薇と、眉ひとつ動かさずにせっせと箸を動かす炎俊と。主従のやり取りに、朱華は摘まんでいた青菜を危うく取り落としそうになった。炎俊が侍女の進言をまともに聞いていたのも、紫薇が余計としか思えない気を回しているのも驚きだった。


「だが、今夜のうちにはさすがに間に合うまい。少なくともひと晩は我慢してもらわなければ」

「え、ええ、それこそ仕方ないものね」


 あまりに驚いたから、炎俊に話しかけられた時も答えが遅れてしまったほどだ。取り繕うように頷いて見せながらも、このふたりの関係についてもいずれ問い質す必要がある、と心に刻む。

 今度こそ食事を再開しようとして――でも、炎俊が続けた言葉はまたも朱華の箸を止めさせた。


「それに、閨でするべき話もあるからな。……うん、そうか。だから、早寝させてはやれないな」

「え……」

「まあ、すぐ済むから許すが良い」


(なんで今言わないのよ!?)


 食べられる時に食べておくのが朱華の主義だから、何があろうと今宵も完遂するまでだ。でも、どうせなら味も香りも堪能したいというのに。

 どこまでも食の楽しみを邪魔してくる炎俊に憤慨しながら、朱華は残りの食事に取り掛かった。




 湯浴みを終えて髪を下ろすとさすがに眠気が押し寄せたけれど、朱華はまだ睡眠を許されないらしい。


「――で、何なのよ?」


 絹の(しとね)の滑らかさと柔らかさに身を委ねたいという切望に抗って、朱華は炎俊を睨めつけた。眠気で目蓋が重くなっているから、きっといつもより()()顔になっていることだろう。


「そなたが先日聞いたことだ」


 (えい)州までの遠見をこなした上に、官吏たちと政策について議論を戦わせた――炎俊の方が朱華より疲れていてもおかしくないのに。少なくとも涼しげな顔はいつもと何らの違いも見えないのが憎たらしい。


「……何のこと? 心当たりが多すぎるわ」

「そなたと私では子が生せないのをどうするのか、という話だ」

「ああ……」


(こいつ、頑として自分が女だとは言わないのよね……)


 呆れるというか諦めたように頭の片隅で考えながら、朱華は気のない相槌を打った。


 聞いてみれば、確かに閨が相応しい話題だったのかもしれない。たとえ紫薇だとしても、傍らに聞く耳があっては言いづらいことに違いないから。ただ、炎俊が何を言いだすにしろ、絶対にろくでもないことだ。そんな確信というか嫌な予感が朱華の心臓を重く沈みこませる。


「どんな名案をくださるのかしら。教えていただきたいものね」


 もっとも、炎俊が何を言い出すつもりだろうと、大筋の予想はついている。子供を作るには男と女が必要で、かつとある行為が欠かせない。孕むのが朱華である以上は、どんな男をどう引き込むか、どう他の皇子たちに露見しないようにするかしか工夫のしどころがない。もちろん、そう簡単にはいかないのだろうけど。


(どうするつもりよ……?)


 じっとりとした朱華の視線は、例によって顧みられなかった。炎俊はこともなげににこやかに笑うと、ごくあっさりと言ってのけたのだ。


「今日会った者たちのうち、好みの者はいたか? 七人もいるから誰かしら気に入るのではないかと思うのだが」

「――っ、はああっ!?」


 一瞬の沈黙の後に朱華が上げた大声に、炎俊は軽く顔を顰めた。けれど、良い気味だ、などと思う余裕はない。


()()()()のつもりだったの!?)


 それならそうと、先に言ってくれれば良いのだ。それなら、こちらだって()()()()()で相手の顔や名前を覚えようともっと身を入れていただろうに。今さら言われたところで、彼らの印象はほとんど纏めてぼんやりとした靄の中だ。


「あんたは! 説明が! 足りないのよ……っ!」


 腹の底から叫ぶと、朱華の眠気は怒りですっかり消え去っていた。

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