お花見弁当なのだ
「さ、さぶい。もう春なのに寒すぎるのだ。なんなのだこの天気は」
「だから言ったでしょう、まだ寒いですよって。花だってこの桜の木一本だけですよ咲いてるの」
「わかっているのだ。あたしはこの桜が見たかっただけなのだ」
桜が咲いたので花見がしたいという葉月のリクエストに恵が答えた結果がこれである。
「かえりますか?」
「なにを言うのだめぐみん。花見弁当は花を見ながら食べるから花見弁当なのだ。ここで食べなきゃ意味がないのだ」
「はいはい、わかりました」
そう言うと恵は支度を始める。
それを葉月はぶるぶる震えながら見守る。
「はい、用意できましたよ」
「う、うん、ごくろうなのだ」
弁当を震えながらも食べていると、急に黒い雲が現れ雪が降り吹雪いてきた。
そして黒い塊が現れた。
それは、雪蜘蛛という3mはある魔物であった。
「まさか雪蜘蛛?」
「そうか、これは全部お前のせいか。お前のせいでこんなに寒いんだな。ゆるさん。ゆるさないのだ~」
「あっ、それはちがいますよ」
もう恵の声など聞こえてない。
天候を変える。
そんな力は雪蜘蛛にはない。
ただ、春の中でも寒さが厳しい日に現れるというだけである。
それでも人がそばにいれば襲うのだが。
「お前が寒くしたせいで、みんなとこれなかったじゃないか。許さないのだ許さないのだ許さないのだ~みんなと来たかったのに~」
そんなことを言いながら葉月は雪蜘蛛を殴り続けている。
簡単には殺すつもりはないようだ。
それを見ていた恵が声をかける。
「そのあたりで止めてあげたらどうかな」
「なにを言うのだめぐみん。こいつはもっと甚振ってやらないと気が済まないのだ」
そんな会話をしていると雪蜘蛛は飛び上がり恵の方へと逃げてきた。
弱った雪蜘蛛の動きなど遅く、恵にも簡単によけられた。
「あ~っ!」
大きく葉月は叫び涙目になって何かを見つめている。
そう、今まで食べていた弁当を雪蜘蛛がひっくり返したのである。
葉月は膝をつき、何やらぶつぶつとしゃべっている。
「べんとうが。あたしのべんとうが・・・」
やばいと感じた恵はその場を離れた。
「せっかく、せっかくめぐみんに作ってもらったのに・・・」
葉月は腰の刀を抜く。
「もういい。お前死ね」
葉月はそう言ってゆっくりと雪蜘蛛へ向かって歩きだす。
そして、雪蜘蛛の頭をはねた。
恵はその時声が聞こえた気がした。
『あ~、やっと死ねる』と。
葉月はじっとひっくり返った弁当を見つめている。
そんな葉月に恵が声をかけた。
「姫様。あったかいお鍋でも食べに行きましょう」
「えっ、ほんとに?」
「ほんとですよ。魔物退治したのでご褒美です」
「だな。魔物退治したのだからあたりまえなのだ。はははははは」
このままでは調子に乗ってしまうなと思い、一応くぎを刺した。
「調子に乗るとご褒美なしにしますよ」
「あ、うん。調子に乗らないのだ」