生きろ!冥子ちゃん先輩!
高校に入学して随分時間も経った、9月の夕暮れ。美術...もとい大半の文化部は、美術展に向けて作品を作り上げていた。私たち1年生も作品を出展して貰えるように、先輩に負けじと必死に作品と向き合っていた。私程度の才能はここでは特にもてはやされることもなく、私は既に何を描けばいいのかさえ分からず、真っ白なキャンバスにただただ向かっていた。そんな時だった
「あの、鈴木さん」
自分から人に話しかけるなんて滅多にない榊原先輩が、なんだって私に話しかけるんだろうか。
「作品、何を描いたらいいか分からないんでしょ?」
この人にはお見通しだというのだろうか。確かに榊原先輩の作品は高校生では到底描けない、常軌を逸脱した素晴らしさがある。彼女の作品は彼女同様、人に死を知らしめる、恐怖を植え付ける、そんな作品だ。だから私はこの先輩から話しかけられた時、体の芯が凍りつくような感覚を覚えたのかもしれない。
「えっと...聞いてる?鈴木さん」
ぼーっとしてしまった。いや、多分今睨んでしまった。
「ごっ!ごめんなさい、先輩...。私、先輩みたいに才能も無いし...直ぐに思い浮かぶような描きたいものもないし...そもそも何も考えて生きていない私にいい作品なんて作れるわけないんです...だから」
私の必死の訴えに対し、榊原先輩は全くもって興味はないような様子で私を鼻で笑った。なんだって鼻で笑われなきゃいけないんだ。天才は分からない。
「私が、才能溢れる天才に見えるの?鈴木美命さん」
「えっ...?いやいや、誰がどう見ても先輩は天才ですよ?何度もグランプリをとっているし、私たち凡人には絶対に見ることの出来ない角度から世界を見てる。それが出来るのは、天才だからです」
彼女には、どうやら凡人の考えることなど分からないようだ。彼女は、とても不服そうな顔で一言
「それなら、1度私のアトリエに来るといいわ」
そう言い放った。
あれから1週間。特に音沙汰もなく、ただただ心のどこかに先輩を傷つけてしまったかもしれないという不安を残したまま、私の作品制作は大詰めを迎えていた。ここで言う大詰めとは、決して作品が仕上がりそうとかそういう大詰めではなくて、ジ・エンドの方だ。未だに何も描けず、部活に顔を出すことすら少なくなっていた。そんな日の昼休み、また榊原先輩はなんの前触れもなく私に話しかけてきた。
「美命さん」
彼女は呼び方をひとつに統一することはできないのだろうか。
「なんですか、榊原先輩」
「あなた...アトリエにおいでって誘ったのに来なかったでしょ?部活にも顔を出さないし...何かあったの?1年生の子達、心配してたよ?」
先輩には分からないんだろうか。私の苦しみなんて。
「いえあの...ちゃんとみんなには説明しておきます。私は...もう美術部はやめようと思うんです。才能も無いし、最近は描くのも楽しくない。勉強だってあるし...」
彼女の目の色が変わったのが分かった。私はまた、先輩のオーラに背筋を凍らせる。
「鈴木美命。あなたが、美術部を辞めるかどうかなんて私にとっては全く興味のないこと。あなたが、絵を描くのが好きか嫌いかなんてもっと興味が無いこと。でも、私の絵を拒むのは許さない。私の実力を才能とだけ言い放つのは許さない。いい?鈴木美命。今日の放課後、私のアトリエに来なさい。迎えに来てあげる。必ずよ、絶対に」
凄い剣幕で一気に話されて、私は若干パニックになりながらもどうやら同意の意思を見せていたらしい。俯いて、教室と廊下の色の境目を眺めたまま先輩の言葉を何度も脳内で繰り返していた。「私の絵を拒むのは許さない」なんて、どれほど傲慢な人間なのだろう。




