生きろ!冥子ちゃん先輩!
生きろ〜〜〜(念)って感じが少しでも伝わったらいいなぁと思います。
言葉では言い表せないほどの「美」というのは、時に人にとってある種の凶器となるのだろう。名だたる画家というのは、往々にして精神を病み短命に死す。音楽家にしたってそうだ。やはり、何かを生み出す現場に立ち会う者、あるいはその当事者というのは作品に心を犯され、更には命さえも削られてしまうのだろう。
そう悟ったのは、私が高校に入学して間もない頃の話だ。私は昔から絵を描くのが好きだったし、人より優れていると思っていた。愚かな話だが、思春期の少年少女というものは無意識に、自分が「この世界の何者かになれるのだ」と信じている節がある。恥ずかしながら、どうやら私もその中の一人だったようだ。当然のように部活は美術部を選択したのだが、私はそこで生まれて初めて明確に「死」を意識した。
そうさせたのは、同じ美術部でひとつ歳上の先輩の榊原冥子。榊原先輩は、容姿端麗に加え文武両道で人当たりもよく優しい理想の先輩像なのだが身に纏うオーラは決して人気者のそれではない。大抵この種の人間というのは、常に周りに2〜3人程度の取り巻きがいるものだが、彼女の周りに寄り付こうとする者はそう多くはない。というのは、彼女の瞳とその立ち姿を見れば一様に分かろう。彼女は常に、死を身に纏っているのだ。否、彼女は齢十七にして自らの死をすぐ側に感じているのだ。これは決して、彼女が間近に死にそうだとか大病に犯されているとかいう話ではなくてただ単に、彼女は死にたがりだという話だ。他の先輩から聞いた話によると、彼女は昨年度1年間において既に2桁以上の自殺未遂事件を起こしているというのだ。しかし、それだけ自殺を図っておいて一体何故彼女は死なないのだろうか。そこについては他のどの先輩からも返ってくる言葉は一様に「彼女はただ、目立ちたいだけよ」という素っ気ないものだった。そして榊原冥子自身の過去の証言によると、自殺を図った理由は過去の約521回の自殺未遂において全てが「死ぬ瞬間、初めて何を描けばいいのか分かるから」であるというのだ。




