第6話
だが、私はふと疑問を覚えた。
そこまで彼女を大事に思っていたのなら、何で胎児、冬木君を出征前に夫は認知しなかったのだろう。
私の疑問を察したのか、彼女は更に口を開いた。
「何で遺言であの人が認知したかですが、私とあの人の両親がそうしたいと言ったんです。私は、万が一、死産等した際に、戸籍を綺麗なままにしておきたかった。あの人の両親も同様の考えでした」
そうか、彼女は日陰の身なのだ。
胎児を認知したら、彼女と夫の関係が戸籍に載ってしまう。
それを私等が冬木君の出生前に知ったら。
子どもができた、仕方がない、と出生後に私に既成事実を突きつけ、私に諦めさせるつもりだったのだ。
それに死産だったら、口を拭って済ませることができる。
ずるいといえばずるいが、彼女と義父母にしてみれば、ある意味、当然の行動だ。
「私の両親に、私の妊娠を知らせたのは、あの人が出征して行った直後くらいだったと思います。あの人の両親が主導しました。私は、あの人とカフェで知り合い、それで付き合って妊娠したことにしてくれ、とあの人の両親に言われました。その時に思ったんです。この人達は、自分の手を綺麗にしたいんだって。もっとも私も似たようなものでしたが」
彼女は自嘲するような口調で言った。
「私の両親は真相を察したのでしょう。何も言うな。網元が言ったんだろう。男の子が欲しいって。私は肯きました。網元には逆らえない。それに、それなりの配慮をするだろう。両親は、そう言って私を受け入れました。実際、前借金の大幅な棒引き等、あの人の両親は、我が家に配慮してくれました。息子が迷惑を掛けた詫びだと言って。そうは言っても、集落で産んでは目につきます。そのまま、軍港で私は息子を産みました。あの人の戦死の連絡が届いたのは、その頃でした」
彼女の言葉に、あの頃のことを私は思い起こした。
確かに、冬木君が産まれた直後くらいに、夫は戦死した。
「あの人の遺言状を、こっそり先に開いて、事の真相が全て書かれていることに、あの人の両親は慌てたのでしょう。その遺言状を公開しては、自分達が黒幕なのがばれてしまいます。世間体を重んじるあの人の両親から私は、あの人から遺言状を預かっていないか、と聞かれました。私の手元の遺言状を渡したら、認知してもらえますが、あの人は汚名を被って、更に私は子どもを奪われるでしょう。私はこっそり遺言状を燃やして、子どもを渡さないことにしました。あの人の両親は落胆しました。折角の跡取りの孫息子が目の前にいるのに、それを孫と公式に認知できないのです。あの人の両親は、私の息子を手に入れることを諦めることにしました。それにあなたが当時、妊娠していることもあったのでしょう。愛人を妊娠させつつ、妻も妊娠している。本当に世間体がよくないですよね」
自嘲するような彼女の言葉を聞いて、私は思った。
何と言えばいいのか、言葉が思いつかない。
そんな騒動があったとは、妻の私は露知らないままだった。
「でも、事が落ち着いたら、私の息子を養子にする、とあの人の両親は言いました。とは言え、それなりの理由が必要です。あの人の両親と私は話し合い、更に私の両親の了解も取った末、カフェの客云々の嘘話を作りました。それに同情して、私の子を養子にしたというのです。もっとも、集落の多くの人にすれば、ああ大嘘だ、と本当は、と内心で分かる話でした。もっとも、そうでもしないと私の父無し子を養子にした説明が出来ませんから」
彼女は更に言葉をつないだ。
私は、それを本当だと思い込んでいた。
私の眼は節穴だった。
もっとも集落の住民が殆ど察していたとは。
奥歯に物が挟まる言い方なのも当然だ。
活動報告に書きますが、この当時は父親が死んだ後で、遺児が認知を求めることはできませんでした。
そのために、このような事態が生じています。
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