第4話
「ともかく息子と逢ってほしい、とあの人の両親に言われてしまって、数日後にあの人と会いました。その時は、あの人は乗り気ではなかったんです。私に、両親は騙されているようだ、迷惑を掛けて申し訳ない、と言っていましたから。でも、それから1月近く経った後でしょうか。あらためて、あの人は私の下に来て言いました。妻には愛想が尽きた。君との間に子どもをつくりたいと。一体、何があったのか、とうとう、私はあの人に詳しいことは聞けませんでした。一体、その間に何があったのか」
彼女の少し長めの独白があった。
私は想いを巡らせた。
冬木君の誕生日からの推測だが。
おそらく、彼女と夫が最初に会ったのは、私が三人目の娘を産んだ少し後くらいだろう。
最初の一人目、二人目は単なる偶然だと夫の両親は想ったろうが、三人も女の子が続くと嫁は女腹ではないか、と疑い出した。
そこに詐欺師はつけこんで、私は女しか産まない、孫息子が欲しいなら、長男は別の女と関係を持つしかない、と吹き込んだのだろう。
そして、夫の両親はそれを信じ込み、夫と彼女はそれが縁で知り合った。
でも、夫がその後、そこまで彼女に言うことを私はやったのだろうか。
「ただ、一つだけその時に気になることがあったんです。このハーモニカは、自分の大事なモノだ。今日からは、これを君に預けたい、妻には預けられないと。確かにそれなりの値段の張る外国製のモノです。でも、そんなに高級なモノではない。何でそこまで言うのか、気になったのですが、私は預かることにしました」
あのハーモニカに傷をつけた後か。
そう言えば、あの後に夫のハーモニカを私は見た覚えがない。
私は、あの時に夫を傷つけ、そこまでのことを言わせたのか。
私は、夫婦間の想いの擦れ違いに思い切り泣きたくなり、本当に涙が溢れた。
夫のハーモニカは、舶来のそれなりの代物で、海軍士官の初任給記念として買った物、と私は夫から結婚した後で聞いていた。
勿論、初任給の一部で買える代物に過ぎない以上、そう高い物という訳ではない。
だが、値段の割には高級ハーモニカ並みの音が出ると言って、夫は気に入っていた。
今となっては朧気な記憶だが、あの時、私は三女が泣くことに何故かイライラしていた。
長女が夫にハーモニカを演奏して、とおねだりし、夫が演奏しだした時、そのイライラは沸騰した。
「ちょっと、ハーモニカを吹かないで」
そう半ば私は叫んで、夫の口からハーモニカを叩き落とし、ハーモニカに傷をつけたのだ。
「何をするんだ」
夫が私を叱責し、私は我に返って夫に謝罪した。
それを見た夫は、私の謝罪を受け入れてくれたと覚えていたのだが、夫は許してくれていなかったのだ。
「それに正直に言って、あの人がそこまで言ってくれた瞬間、私は嬉しくなったんです。だって、あの人は私が小学校を卒業する頃から、私やその周囲の人にとって憧れの人でしたから」
それは何となく私にも分かる。
何しろ海軍士官だ。
同期の海軍兵学校生は全国で200人もいないという中の1人で、尚且つ、容姿も平均以上というのが夫だった。
彼女ならずとも、のぼせるのは無理はない。
「それから、暇を見ては私達は逢瀬を重ねました。あなたに悪い、と私は思って、私がそれとなくあの人に言ったら、あの人は言っていました。あいつは妻ではなくて、俺の子どもの母だ。子どもが第一なんだと」
夫にそう言われても、あの時の私は仕方ない、と今となってから私は思う。
だって、彼女と夫が逢瀬を重ねているのに、私は全く気付かず、娘3人の子育てに追われていたのだ。
あの時に私が夫のことを本当に気に掛けていたら、夫の素振り等から何か怪しいと私は気づけたはずだ。
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