第3話
どれくらいの時が流れただろうか。
彼女はようやく口を開いた。
「悪いことって、やはりできないものですね。とうとう気づかれてしまった。あーあ、やっぱり、あなたはあの人を心から愛していたのですね。あの人は、あなたの愛は薄れてしまった、と言っていたのだけれど」
私は衝撃を受けた。
夫は、私が自分を愛していないと思っていたのか。
彼女は私より少し年下の筈だ。
私は、今、30代前半の身だが、彼女は30歳になるかならないかの筈。
それなのに、私より彼女は少し大人びた口調をしている。
「あのハーモニカの傷にあなたは気づいた。本当は、あの日に息子には別のハーモニカを持たせる筈だったんですけど、息子がこっそり隠し場所からあのハーモニカを持ち出して演奏し、あなたはそれに気づいた。そして、何故にあの人のハーモニカを、私の息子が持っていたのか、あなたは調べた。そして、私の下を訪ねてきたのでしょう、事の真相を知るために」
彼女は話す間、海の方をずっと向いていて、私の顔を見もしなかった。
だが、彼女は私の内心を見事に言い当てている。
そのことと、さっきの彼女の言葉が相まって、私に沈黙を強いた。
「いいんですよ。何れは全てを話さないといけない、と私も分かっていましたから。でも、分かってください。あの人は何も悪くないんです」
彼女は相変わらず、海の方を見ていて、私の方を見ずに話している。
そのことが、却ってこれから話されることの重みを示しているようで、私は黙らざるを得なかった。
「何から話しましょうか。やはり、そもそもの事の起こりから話すべきでしょうね。でも、私も10年以上前の話なので、都合のいいように覚えていて話すかもしれません。だから、色々と間違っているかもしれません。それは分かってください」
彼女は断りを言ってから話を始めた。
昔、10年以上前に彼女がカフェで女給として働いていた際、そのカフェには馴染みの客が何人かいた。
その内の一人から、彼女は頼みごとをされたそうだ。
今度の休日にちょっと仕事を手伝ってくれ、手当は払うと。
その客は、彼女は気づかなかったが、カフェの主はどうもうさん臭さに気づいていたらしい。
だから、カフェの主は断るべきではと遠回しに彼女に言ったが、彼女は手伝いを受けてしまった。
そして、休日に指定された場所に行ったのだが。
「本当に驚きでした。真面目な堅い人だと私は思っていたのに、実はその人は詐欺師だったんです」
詐欺師といっても、いわゆる素人の詐欺師ではない。
標的と定めると色々と周辺情報を集めて、完璧に人を騙す玄人詐欺師だった。
言うまでもなく、ヤクザ等ともそれなりにその人はつながっていた。
「実は占い師をやっていて引っかけた。跡取りの孫息子ができないと嘆いている夫婦だ。息子の嫁は女腹だから、幾ら頑張っても孫息子はできない。だが、この女と息子が関係を持てば、すぐに孫息子ができる。だが、女を納得させるのにそれなりの金が要る。そう言って、その夫婦に金を出させて逃げるつもりだ。協力してくれ、後はお前は知らぬ存ぜぬで押し通せばいい、と半ば脅されました。そして、その夫婦というのが、あの人の両親だったんです。地元の網元夫婦で、私のことは良く知っています。それを知ったその人は慌てふためくことになりました」
その人は、お互いに知り合いとは、とその場をごまかして、尻に帆を掛けて逃げてしまった。
だが、彼女にとって、問題はその後だった。
「詐欺師の言葉を信じていたあの人の両親は、私に迫りました。私に孫を産んで欲しいと。下手なことを言えば、私が結果的とはいえ詐欺師の片棒を担いだことがばれる。私はほとほと困ってしまいました」
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