~ツラミ~
私達は子供部屋へ向かって歩いた。正確に言うと、零士君に支えられながら…なんだけど。暗い暗い廊下をただただ歩く。零士君の腕を掴んで。すると急に唯一の光が切れた。
「きゃあ!?」
私はつい、悲鳴を上げる。真っ暗で何も見えない。零士君の腕をぎゅっと掴む。
「……ちっ、懐中電灯が切れたか……」
「み…見えないよ……」
「大丈夫だ。俺につかまってろ」
零士君はそれでも歩いた。私を支えながら。少しでも近付けるようにと。歩いたら化け物に襲われる可能性だってあるのに……。しばらく歩くと、電気が見えた。
「……!! 光!! ……花のドア……!!」
「此処が……子供部屋……」
「何とか着いたな……」
零士君は鍵を開け、ドアを開ける。……奇妙な部屋だった。遊具やぬいぐるみこそは可愛らしい物だったが、照明が真っ赤だった。うさぎのぬいぐるみが中央に置かれている……。そして周りのぬいぐるみは中央のうさぎのぬいぐるみを見つめるような形で置かれていた。……何だろう……?
「何だ……。子供部屋にしては様子がおかしいし…気持ち悪いぞ……? しかもこのぬいぐるみの配置……何かを意味してるような……」
「中央のうさぎが…リーダー…みたいな……感じだね……」
「この部屋で……何かあったのか……?」
零士君は考える。うさぎのぬいぐるみが人を表しているのだろうか……。
『アナタ、何で生きてるノ……?』
『私は……好きな人を待ってるノ……』
『好きな人なんて、現れないわよ。だって……アナタノことなんて……愛してナイモノ』
『え……? どうしてソンナこと言うの……?』
急に会話が始まる。どうやら、あのうさぎのぬいぐるみに霊が宿っているよう。……中央のうさぎは……もしかして……梨美さんの霊なのかな……?
『貴方のことナンテ、アイシテナイノヨ』
『貴方ナンテ、アイサレル人格ジャナイデショ?』
中央のうさぎに向かって、周りのうさぎが責める。……酷い。どうして責めるの……? あの子は……あの子は何も悪くないのに……。
『ひ、酷いヨ……。私は……好きな人を信じてルノ……!!』
『信じてもムダ。だって何も連絡ガナインデショ?』
『……!!』
図星を指され、中央のうさぎがビクッと跳ねる。
『……ネ? 貴方はステラレタの。その好きな人とやらに』
『い……言わないで……』
悲しそうだった。彼女の精神が壊れそうな感じだった。
『ナアニ? 図星ナノネ? ナラ、もっと言ってアゲル。ア ナ タ ハ ア イ サ レ テ ナ イ ノ』
『やめて……ヤメテェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!』
痛い悲鳴。私は狂いそうになった。必死に耳を塞いで、聞かないようにした。チラッと零士君を見る。
「……あいつ……殺す……!!」
零士君の目には憤怒があった。冷静な零士君じゃなかった。
「うらああああああああああああああ!!!!」
零士君は周りのうさぎのぬいぐるみをボロボロに裂いた。中から赤い液体が流れ出た。
「きゃあ!!」
生臭い……。血の臭いだ。うさぎのぬいぐるみは生きていたかのような……。裂かれたうさぎのぬいぐるみは、あちらこちらに各部分が散らばった。
「れ…零士君……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
零士君は憤怒に任せて、勢いで動いたためか、汗をダラダラと流し、息を切らせていた。
『……? 助けて……クレタの……?』
一つ残った、中央のうさぎがこちらを見る。……凄く可愛らしいぬいぐるみで、目も輝いているようだった。だけど、このうさぎもまた、どこか血の臭いがする……。
「ああ。お前、責められてたから……」
『でも……殺さなくても良かったのに……。ソレニネ、アレハ私なの』
「「!?」」
驚いた。周りにいたうさぎのぬいぐるみも…梨美さんだったのか……。正直、性格が全然違っていて、同一人物に見えない……。
『驚くダロウネ。アレハね、心の私。ワタシガ私を責めていたの……』
「もしかして…それでお前は……」
『……。これ以上は言わないで……。私は……。イキタカッタ。アイタカッタ。アノヒトに……。好きな人に……。死んで……後悔シタ……。アイタイと。ダカラ私……幽霊にナッタ。アノヒトを探した。ダケド……ミツカラナカッタ。どれだけ探しても……。アノヒト……何処……? ねぇ……アナタタチ……シラナイ? アノヒトがドコニ行ったか……』
梨美は本当にあの人が好きみたいだ……。齋藤類さんのこと……。
「実は……俺達もその人を探してる途中でして……」
『……ソウ……。貴方達もシラナインダ……。ワカッタ。私も探すよ。ミツカッタラ教えるワ』
「ありがとうございます……!!」
『イイヨ。貴方達には借りガアルカラネ。ジャアネ』
そう言って、うさぎのぬいぐるみはぐちゃっと潰れた。赤い液体が流れ出る。
「潰れなくてもいいのに……」
私は少し悲しく思った。うさぎのぬいぐるみだった物は、原形を無くし、血みどろになっていた。よく見ると、血みどろの中に光っている物があった。
「……何かあるぞ」
「うぅ…あまり血には触れたくないんだけど……」
「分かった…。俺が取るから…」
零士君は溜め息を吐きながら、それを取ろうと手を伸ばす。……何だろう、嫌な予感がする……。やめた方がいい気がする……。何より、あれは梨美さんの霊が入ってたぬいぐるみ……。仕掛けがあってもおかしくない。
「零士君!! 触れない方がいいかも!! それ、罠かもしれない…!!」
「!?」
間一髪だった。あと少し遅かったら、仕掛けが発動してしまっていたかもしれない。
「びっくりしたじゃねぇか……」
零士君はそっと手を引く。
『……その綺麗な腕……チョウダイ……?』
「ひっ!?」
ガシッと“何か„が零士君の腕を掴む。
「ぐっ!! は…離せ……!!」
『欲しいなぁ……ホシイナァ……!! アハハハハハハ!!!!』
「やめて…!! 零士君まで手を出さないで!!」
零士君の腕から離そうと必死に引っ張る。
「んんん!!!」
「沙也加……!! こっちに来るな……!! お前までやられるぞ……!!」
「私はいいの。もう足も動かないし……」
「駄目……だっ!! 俺から…離れろ……!!」
零士君は私を飛ばす。懸命に腕を引っ張る。零士君の腕を引っ張る“何か„は血に染まった手だった。
「や……め……ろぉぉぉぉぉぉ!!!」
バァン!!
銃声が聞こえる。すると手はあちこちに分散し、同時に大量の血も出た。
「れ……零士……君……」
私は顔を青ざめる。分散された物が私の目の前にまで飛んできたのだ。零士君をチラリと見る。
「ああ……ああああ……」
零士君は銃を持った手をふるふるを震わせていた。
「零士……君……?」
「……大…丈夫だ……。とりあえず…俺の腕は…大丈夫のようだ……」
「そ……そっか……」
顔を青ざめたまま、零士君の腕を見る。
「……大丈夫か……?」
「う…うん…。大丈夫……」
「……歩けるか?」
「……うん……」
私は零士君が差し伸べてくれた手を取って、立ち上がる。
「……だが……何処に行けばいいんだ……?」
「……そうだね……。もう少しこの部屋…調べてみる……?」
「そう……だな……」
正直、早く此処を出たかったけど……何も出てなくて、行く場所がない以上、此処を調べるしかなかった。きっと零士君もそう思ってるだろう。私よりも怖い思いをしたんだ。絶対出たいに決まってる……。早く彼のためにも…全部調べて此処を出よう……。
『罠…気付いたみたいデスネ』
『さすが…と言うべきカシラネ。何しろ、あの津嘉山高校に入学シタ子ダモンネ』
『ですが、ドウヤラ零士の方は無事だったヨウ……』
『そうか……。マァ…仕方ない……ヨ』
『……? どうかした……?』
『…………』
『……梨美……?』
『あっ……。な…何でもナイヨ! ソレニシテモ、まだ探索中ラシイね』
『……? そうミタイダネ』
『……まぁ、確かに何も出てないカラね…』
『そうだな……。……梨美、お前……』
『類……? どうしたの……?』
『……いや、何でもない』
『ソウ? じゃあ、行こっ!!』
『……ああ』
……梨美の後ろ……何かがいる……。何か…嫌な予感がいる。梨美が……。イ ナ ク ナ リ ソ ウ ナ キ ガ ス ル 。




