第九十六話
ひと悶着あったものの、バルキアスの右手はなんとか無事であり、そのまま三人は山頂に向かって行った。
『なんか……魔物少ないね』
ここにいたるまでは多くの魔物との戦いがあった。
しかし、そろそろ山頂に辿りつくであろうという場所までくるとピタリと魔物の気配は消失していた。
「あぁ、それに対して俺たちが向かう先から感じる気配は強くなってきたな」
アタルの目つきは鋭く、これから向かう頂上を睨み付けていた。
「アタル様」
キャロも、そしてバルキアスもその気配を感じ取っており、同じように頂上を見ている。
そこからは全員口数が減り、無言で頂上へと辿り着いた。開けた場所となっており、それまで感じていた気配が一層濃く感じられる。
「ここか……」
『アタル様!』
バルキアスは視界に入ったそれを見て警戒するように大きな声をあげた。
その隣ではキャロは既に武器を構え、鋭い視線を先へと向けている。
「待て……あいつはなんなんだ?」
だが一人身構えることないアタルはその視線の先にいる者が一体何者なのか、それが気になっていた。
『貴様らは何者だ』
その声は静かだったが、強く、深い声だった。声と共にびりびりと痛いくらいの覇気が飛んでくる。
『アタル様! キャロ様!』
感じたことのない強い覇気にバルキアスは声を聞いただけで再び大きな声を出してしまう。そして今にも飛びかからんとばかりに牙をむき出しにして戦闘準備を行なっている。
「バル落ち着け。あいつはただ俺たちに質問しただけだ」
そんな戦闘状態の二人とは違い、アタルだけは一人落ち着いていた。話しかけてくるぐらいだから対話できるだろうと判断したからだ。
「仲間が驚いて失礼した。俺たちは依頼を受けて来た冒険者だ。この山に翼の生えた巨大な魔物らしきものがいると聞いて調査のために来た……恐らくはあんたのことだろうな」
その答えを聞いた巨大な魔物は愉快といったようににやりと笑う。
『我を見ても動じぬとはなかなかの胆力のようだ』
「そいつはどうも、それであんたは一体何者なんだ?」
今度はアタルが質問する番だった。軽い口調ながら隙は一切見せていない。
『我か? ふむ、お主がどういう答えを求めているか……我は我であり、フレイムドレイクと呼ばれる種族だ。これでお主の質問の答えになっているか?』
どんな答えがいいか少し考えながらのそれを聞いてアタルはなるほどと頷いている。
『う、うぅ』
いまだ警戒で毛を逆立させているバルキアスは種族名を聞いてもピンと来ていないが、それでもフレイムドレイクが強者であることは気配で、魔力で、圧力で、肌でひしひしと感じ取っていた。
「キャロ、フレイムドレイクを知っているか?」
アタルは自分が知らない情報を得るため、キャロに問いかける。
「はい、もちろんですっ。フレイムドレイク……その見た目は炎の竜のように見えますが、竜種ではないと聞いたことがあります」
その見た目はドラゴンのようであり、最初は冷たく感じられるほど静かだったが、徐々に鱗が炎を纏っていく。
『ふむ、そこの娘はわかっているようだな。我は竜であるが竜ではない、精霊に属するものだ』
「あれで精霊だって!?」
その言葉にアタルは普段見せないほどに酷く驚いていた。精霊というのはもっと小さいもの、大きくても猫や犬と同サイズ程度だと思っていた。しかし、目の前にいるそれは巨大という言葉が生ぬるいほどのサイズだった。
『わはは、面白い顔だな。お主は我を見てもずっと冷静なようだから、そのような顔をみられたのは滑稽で、そして面白い』
吹き出すようにフレイムドレイクは豪快に笑っていた。その笑い声は山に響き渡る。
「はぁ……まあわかった。それで、あんたはこんな場所で何をやっているんだ? 詳しく知ってるわけじゃないが、そういう精霊っていうのは住んでいる場所が決まっているんじゃないのか? どこにでも存在するってわけじゃないんだろ?」
精霊といえば、魔力が濃い場所にしかいられない。または属性ごとに住みやすい場所が異なる。それがアタルが持つイメージであり、この世界の事実とも一致していた。
『ふむふむ、その通りだな。それがいわゆる精霊と呼ばれるものの特徴だ。だが、それは我とは異なる矮小な精霊にのみ適用される特徴だな。我はそのようなものは必要としない、我には空気中の魔力は必要ない。我には炎は必要ない』
フレイムドレイクほどの大精霊にもなると場所を選ばずに存在することができる。それが彼の答えだった。
「なるほど、それなら納得だ。それで、俺の最初の質問に答えてくれると助かる。なんであんたはこんな場所にいるんだ?」
アタルの質問にフレイムドレイクはにやりと笑う。
『我がここにいるのはただのひまつぶしだ。元々住んでいた場所は何も起こらないつまらない場所でな。何か面白いことはないかと思ってここに来た。移動するのも面倒なのでしばらくはここにいるつもり……だった』
そう話す口ぶりにもつまらないという感情がはっきりと見て取れた。だが最後にアタルを見据えた目にはそれ以外の感情が見えた。
「だった、ってことは今は違うってことだな」
フレイムドレイクと視線の合ったアタルもにやりと笑う。アタルとフレイムドレイク、互いの考えは共通しているようだった。
『それで、お主は何を我に見せてくれる?』
それは挑発の言葉。
「力を見せよう」
それがアタルの答え。アタルの手にはすでに愛銃が構えられている。
「アタル様っ!」
『アタル様!』
キャロとバルキアスもアタルのやりたいことを理解しているらしく、戦闘準備に入っていた。
『面白い、ならば見せて見ろ。お前たちの力をな! グワオオオオオオオオオオオオ!!』
その咆哮はアタルたち三人だけでなく、山全体を震わせている。
これが戦いの合図だった。
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