第九十四話
「バル、戻ってこい」
その時、後方で見守っていたアタルは魔物と戦っているキャロを残してバルキアスだけを下がらせる。
『なんですか! 早く戻って戦わないと!』
アタルの言いつけを守ったバルキアスだったが、キャロを残していることに落ち着かない様子だった。言葉や態度から焦りがにじんでいる。
「落ち着け、しっかりキャロを見るんだ」
しゃがんでバルキアスと目線を合わせたアタルは彼の頭をキャロの方向へと向けさせた。
『……強いです』
その視線の先ではキャロが数体の魔物相手に戦っている様子が見えていた。改めて見せつけられた主人の実力に、バルキアスは自分の弱さを指摘されたものだと思い、少し不貞腐れた様子で返事をする。
「そうじゃない、あいつの動きを見るんだ。どんな攻撃を中心に戦っているのか、どうやって相手の攻撃を避けているのか。どんな攻撃で止めを刺しているのかそれを見ておくんだ」
しっかりと言い聞かせるようなアタルの言葉を受けて、バルキアスはぐっと歯を食いしばるとキャロの動きを改めて見直す。
『右手に持ってる剣で攻撃を受け流して、左手で止めを刺してる。あと、たまに魔法も使ってる』
ぽつりぽつりとキャロの戦い方を口にすることで、バルキアスはアタルの言いたいことが徐々にわかってきていた。仲間の得意技はなんなのか、どれだけの攻撃力を持っているのか。連携するにはそれを理解する必要がある。
「わかってきたみたいだな。キャロはそれを最初からやっていた。バルが得意な攻撃はなんなのかを考えて、そして自分の力でどこまで魔物を倒していけるのかも把握している」
そう言われてバルキアスはさっきまでの自分の戦い方を思い出し、何も理解していなかったことに恥ずかしくなってきていた。
「バルは今まで誰かと一緒に戦ったことはないんだろ? それなら戦い方がわからないのは当然だ。そこは問題じゃない。だが、それを知ったからには何が悪いのか、どうすればいいのかを考えながら戦う必要がある。……わかるな?」
バルキアスはアタルの指摘に頷きながらも、舞うように戦うキャロの動きから目を離さずにいる。
今、バルキアスは彼女の戦い方を目に焼き付けているといった様子でただひたすらにキャロをじっと見ている。
『……アタル様。僕も戦いに戻ってもいいかな?』
そうして見ている内に自分がどう動くべきか分かって来たのか、バルキアスはうずうずしてきていた。
「大丈夫か?」
『うん!』
「なら行ってこい!」
その自信に満ち溢れた目をアタルは信じることにして、背中を押すようにバルキアスを送り出す。
一気に駆け出して行ったバルキアスを見送ったアタルは銃を構え、スコープから二人の戦いの観察をする。
「さーて、どう動いていくのか」
再びバルキアスと合流したキャロの動きは精彩を欠くことなく、冷静に魔物と戦っている。アタルが何かを伝えたであろうことをわかっているからこそ、合流しても変わらぬ動きをしている。戻ったバルキアスはというと、なんとかキャロの邪魔をしないように戦うので精いっぱいのようだった。
「まだまだ、だが悪くない」
最初と異なり、キャロの邪魔をしないだけでも格段の進歩だった。何をすれば良いのかはわかっていないようだったが、持ち前のセンスで何をしたら悪いのかには徐々に適応し始めている。
「それじゃ、少し手伝いをするか」
その時、バルキアスに二体の魔物が同時に襲いかかろうとしている。それに気づいて一体の攻撃を避けたバルキアスだったが、そこに二体目が攻撃を繰り出そうとしていた。
「いい連携だが、残念俺がいる」
ふっと鼻を鳴らしてアタルはそう呟くと引き金を引いて、魔物の頭部に弾丸を命中させる。
『!?』
目の前で突然魔物の頭が吹っ飛んだことに驚いたバルキアスだったが、攻撃が飛んできた方向からアタルによるものだと瞬時に推測していた。
頃合いだろうとアタルは銃をおろしてキャロとバルキアスのもとへと向かう。気づけば現れた魔物は全て倒していた。
「アタル様、ありがとうございますっ!」
近くに来たキャロがアタルに礼を言うが、特に心当たりがなかったため、アタルは首を傾げる。
「バル君にアドバイスしてくれたんですよね? 戻って来てからはすごく動きが良くなってましたっ」
「だろ? あれはちょっとアドバイスしたら、バルが考えて自分で答えを見つけたんだ」
だが当のバルキアスは褒められているというのにがっくりと落ち込んでいる様子だった。
「バル君、どうしたんですか?」
『僕、なんの役にもたたなかったから……』
悲しそうなその様子を見て、アタルとキャロは顔を見合わせると揃って苦笑する。
「それは仕方ないさ。……バル、いいか? お前は最初キャロの戦いの邪魔になっていた。それはわかっているよな?」
優しく問いかけるアタルにそっと顔をあげたバルキアスは小さく頷く。
「だが、キャロはこう言った。戦いに戻ってきてからはすごく動きが良くなっていたと。つまり、お前は改善することができたんだ。一つの戦いの中で成長したというのは大きいことだぞ」
そうなの? とバルキアスは首を傾げながらおずおずと伺うようにキャロの顔を見た。
「はいっ、最初の戦いでいきなり全てを上手くやるというのは難しいことです。ですが、バル君はこの戦いの中で進化しました。一つでも改善したというのはとても大きなことです。改善できずにそのまま倒れていく人も少なくありませんからね」
なんとなく褒められているというのを感じ始めたバルは徐々に頬が緩み始めていた。心なしか尻尾が機嫌よく揺れている。
『そ、そうかな? なんか照れるね』
やっと表情が明るくなったことに二人は安堵する。初戦から落ち込んでいては今後の戦いに影響が出ると考えたためだった。注意する時はしっかりと厳しくするが、できたことは褒め、伸ばしてあげたかった。
「あとは、自分の力をもっと正しく把握できるようになるといいかもな。そうすれば、ここまでならやれるという範囲が見えてくるはずだ」
おまけというようにアタルは注意という形ではなく、あくまで助言と感じられるような言葉を選ぶ。
『わかった! 今度敵が出てきたら僕一人で戦ってみるよ!』
「バル君……」
自信を持ったのはいいがそれでは危ないのでは……と思ったキャロが声をかけようとしたが、それはアタルによって止められる。
「キャロ、やらせてみよう。俺たちはフェンリルの力がどこまでのものなのか把握していない。これはそれを見るいい機会だと思う。それに、何かあれば俺たちで助ければいいだろ」
様子見をしようというアタル。過保護にならないように一人でやらせることも大事だと伝えたかったのだ。
「わかりましたっ。少し心配し過ぎだったかもしれませんね、ここはバル君に任せましょう」
『僕、がんばるよ!』
息巻いて頷いたバルキアスを見る限り、自信を持ったというより、いいところを見せたいという様子であり、これではどこかでミスをしそうだなとアタルは苦笑交じりに心の中で思っていた。
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