第九十三話
翌日
「さて、今度は俺が見つけた目撃情報に向かうぞ」
買い物を終えた彼らが馬車に乗って街の入り口までくると、アタルはキャロとバルキアスに声をかける。
「どんな魔物か楽しみですねっ」
にこにこと笑顔を見せるキャロにアタルは大きく頷いた。
「山で見かけた翼の生えた巨大な魔物って話だからな……翼のある魔物となると、鳥タイプの魔物とかグリフォンとかが妥当なのか?」
ゲーム知識などを思い出したアタルはそこから思いつく魔物をあげていく。
「あと、ペガサスやガーゴイル、それにハーピーなどがいますね。他にも大きいというと竜種もいますが、竜種ともなればもっと大騒ぎになっていると思いますっ」
キャロも自分の持つ知識を総動員してアタルの問いに答えていく。
『楽しみだね!』
ぱたぱたと尻尾を揺らしているバルキアスは単純に色々な場所にいけることを喜んでいるようだ。
「さてさて、何が出ても面白そうだな。俺が契約できるといいんだが……」
バルキアスとキャロは問題なく契約できたため、やり方はあっているということは確かめられた。あとは山にいる巨大な魔物がアタルとの契約に納得してくるかどうかだけだった。
街から山までは距離が離れており、三人は途中野宿をして進む。現在の山には魔物が多いという情報のとおり、山から戻ってくる冒険者などには誰一人として会うことはなかった。
「アタル様、山にいる魔物は強いのでしょうか……」
「あぁ、恐らくな。まだ距離が離れているから具体的な気配を感じるということはないが、近づくにつれて何やら少し息苦しさが出てきてる」
じっと見上げるようにアタルは山の方向へと視線を向けてそう言った。
「やはりアタル様も感じていましたか。私もなにか強い力を感じています……」
それがなんなのかはわからなかったが、二人は真剣な表情で山を見ていた。見た目には木々の生い茂る緑豊かな山といった様子だが、言い表しがたい強い力を内に秘めた恐ろしささえ持っているように見えた。
『キャロ様のことは僕が守るから安心して!』
出会ってからさほど時間は経っていなかったが、バルキアスの忠誠は主人であるキャロに向いていた。やる気たっぷりといったようすで胸を張っている。
「まあ、そちらはバルに頼んでおこう。俺は俺の相手をなんとかしないとだろうからな」
一人仲間が増えたことで、アタルは自分の戦いに集中できると内心で喜んでいた。また、未知の魔物に対する好奇心から自然と笑顔になっていた。
その後は食事をしてから、早めの就寝となる。明日の登山に備えて……。
翌朝はかなり早い時間から移動を開始していた。あたりにはうっすらと朝もやが立ち込め、朝独特の冷たい空気が三人の頬を撫でた。
だがバルキアスは興奮からなかなか寝付けなかったようで、馬車の中で眠りながらの移動となる。
「なんというか、野生というものをあんまり感じないやつだよな」
「ふふっ、可愛い寝顔ですよ」
アタルは呆れた様子で、キャロは見守る母親のような気分でバルキアスのことを見ていた。すやすやと穏やかな寝息を立てて眠れるほどに、バルキアスはアタルたちを仲間だと認識しているようだ。
「さて、山が見えて来たな。もうしばらくしたらバルを起こしてもらうぞ」
「わかりましたっ」
頷きあった二人は山から感じる何かの気配に気を引き締めていた。
そうして山のふもとまでたどり着くと、馬車を道から外れた場所へと移動させて馬を木に繋いでいく。
「それじゃ、今回もここで留守番を頼むぞ。……キャロ、バル行こう」
「はいっ!」
『うん!』
その頃にはバルキアスもしっかりと目を覚ましていた。というのも、直前までどうしてもバルキアスがなかなか起きなかったため、しびれを切らしたキャロが水魔法で生み出した水を勢いよく頭からかけたためだった。
その時のキャロは満面の笑みを浮かべていたが、その目の奥が笑っていないことをバルキアスは感じ取り、身を竦ませながら彼女には逆らわないようにしようと肝に銘じていた。
「キャロとバルが先に進んでくれ。二人とも周囲の気配察知は怠らないでほしい。山に魔物が集まっているという話だから気を付けて進まないと……俺たちが目指す先は恐らく山頂だな」
役割分担を伝えたアタルが睨む山の上のほうから強い気配を感じていた。
「バル君、私だけでは全ての気配を探り切れないと思うのでよろしくお願いします。頼りにしていますよっ」
『はい!!』
主人であるキャロからの信頼を感じたバルはこれまでで一番気合が入っていた。
アタルとキャロのどちらも現時点では自分より強く、今のままでは助けにならないかもしれない。そう思っていたところにキャロが頼りにしていると言ってくれた。このことは彼にとってとても嬉しいことだった。
喜び勇んで駆け出すようにして進むバルキアスをキャロが慌てておいかけていく。
「少し不安になるが……いや、大丈夫か」
先行している二人は早速魔物の気配を感じ取ったようで、二人の連携で撃破していた。それを見ていたアタルは二人に任せて大丈夫だろうと判断する。
ただアタルも後方や側方にすぐに対処できるように、愛銃を用意していた。もちろん前方を二人に任せるだけでなくアタルも重ねて注意を払うことで万全を期していた。
「しかし、キャロもかなり強くなったなあ」
視線の先で戦っているキャロの動きは研ぎ澄まされており、次々に魔物を倒していく。この山の魔物は事前情報にあったとおり強力な魔物がいたが、キャロはそれに苦戦することもなく余裕をもって戦っていた。
「バルも子どもとはいえ、さすがフェンリルだけのことはあるな」
そして自身のもつ爪や牙といった武器を駆使して戦うバルキアス。アタルと手合わせした時よりも動きがよく、キャロの邪魔にならないようにうまく連携して戦っている……ようにアタルからは見えていた。
「バル君、もっと私の動きを見て下さいっ。同じ敵を攻撃しても無駄です!」
『わ、わかってるけど、ええい!』
しかし、当の二人は最初から上手くいっているわけではなかった。キャロは戦い方を指導しているが、バルキアスはそれを即座に対応できてはおらず、必死に学んでいる最中だった。
「大丈夫です、最初から全部を全部上手くできる人はいません。私の動きをみて、どの魔物を攻撃するのが最適かを考えて下さい。自分の攻撃と私の攻撃とどちらが有効か、どこを攻撃すればより多くのダメージを与えられるか。それを考えながら戦うんです」
森にいた時は母フェンリルの庇護のもと、バルキアスは自分より実力の劣る魔物を一人で倒していたため、誰かとの連携という考え方が浅かった。
それゆえに、キャロと一緒に戦うことに戸惑っていた。しかし、それはまだまだ伸びしろがあるということを示していた。
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