第八十九話
「すまんすまん、ついついこいつがいい攻撃をしてくるから反撃してしまった」
手を出すつもりのなかったアタルは悪いと思っているようで、気まずそうに自分の頭を掻きながら子フェンリルとキャロに謝罪する。
「もう、子ども相手なんですから気を付けて下さいねっ。それはそうと、名前決まりましたよ!」
『ほんと!?』
その言葉に子フェンリルは先ほどの痛みはどこかへ吹き飛び、自分の名前が決まったことに喜んで飛び起きた。
「で、どんな名前なんだ?」
『ねえねえ、なんていうの!?』
興味深そうにしているアタルとわくわくに尻尾をぶんぶん揺らす子フェンリルの二人から聞かれたキャロは少し恥ずかしそうな表情で答える。
「……バルキアス、なんてどうでしょうか?」
「バルキアス……」
『バルキアス……』
アタルと子フェンリルがキャロがつけた名前を噛みしめるように呟く。
「あ、あの、駄目でしょうか? 駄目なら別の名前を……」
『うん、いいね!』
「あぁ、いいんじゃないか? 少し長いから、本名バルキアス、愛称バルってところか?」
なかなか返事がなかったのは、子フェンリルことバルキアスとアタルはいい名前だと感動に浸っていたせいだった。
「えっ、えっ?」
『バルいいね! うん、バルって呼んで!』
キャロが戸惑っている間にアタルとバルキアスの間で愛称まで決まっていた。興奮からかバルキアスの尻尾のぶんぶんは最高潮に達している。
「バル!」
『はい!』
二人はキャロをよそに盛り上がっている。
「えっ、えっと、……バル君?」
置いていかれまいとキャロも恐る恐る名前を呼んでみる。
『はい!』
「~~~~~っ!」
すると嬉しそうに振り返って返事をするバルキアスにキャロはなんともいえない感覚に陥り、その身体をギュッと抱きしめた。
『キャロ様……』
優しく柔らかい温もりにバルは目を細めて、こてんとキャロに身体を預けていた。
「バル君、一緒にがんばっていきましょうねっ」
キャロもバルキアスも血のつながった家族を失っているため、二人は互いにシンパシーを感じているようだった。
二人はしばらくそのままでいたが、その様子をアタルがずっと見ていることに気付いて慌ててキャロが離れる。
「キャロ、よかったな」
アタルもこの世界では血の繋がった家族がいないが、それでも亡くなったわけではないため、どうしても二人の感覚を心底の部分では理解できなかった。
それゆえに、それを互いに理解しあえる相手を見つけられたことを祝福していた。
「はい、ありがとうございますっ」
彼に出会っていろんなものを与えられていると感じたキャロは目じりの涙を拭う。
『バルも嬉しいよっと、嬉しいです!』
いつの間にか丁寧語が抜けていたことに気づいたバルは慌てて言い直した。バルなりに失礼のないように頑張っているのだろう。
「バル、普段どおりの喋り方で構わないぞ」
『ほんと! いいの? ですか?』
だがやはり慣れないものは大変なのか、許可が下りたことで途中まで緩みそうになったが、それでもバルキアスはキャロの顔色をうかがう。主人である彼女が一番優先だとちゃんと理解しているからだ。
「アタル様が良いと言っているのでいいですよ。私のはもともとこういう喋り方なので気にしないで下さい」
『うん! やったー、アタル様、キャロ様よろしくね!』
「あぁ、うん、様づけなのは変わらないのな。……まあいいか、よろしくな」
色々と諦めたアタルは手を出してバルキアスと握手をする。
『よーっし、アタル様に勝てるくらい強くなるぞー!』
「ははっ、お前が今の俺に勝てるようになるころには俺はもっと先にいるからがんばれよ」
ふんっと意気込むバルキアスをアタルは微笑ましく見ていた。
『負けないぞー!』
「一緒にがんばりましょうねっ!」
嬉しそうに微笑むキャロもアタルの役にたてるようがんばろうと気合を入れた。
「それで、どうしたものかな。バルの声は俺やキャロだけじゃなく他のやつらにも聞こえそうだからなあ。普通の魔物はしゃべらないから奇異の目で見られてしまうよな」
「あぁ、そうですね……。でもコミュニケーションをとれないのも困ります……」
どうしようかと二人が悩んでいるとキョトンと首を傾げたバルキアスが解決策を提示してくる。
『えっと、だったら二人にだけ声を送るようにできるよ?』
今の言葉は二人の耳ではなく、脳内に直接送られていた。
「へー、バルはテレパシーを使えるのか。こいつは便利だな」
「い、今のはどうやって?」
アタルは似たようなものを知っているためそんなものか程度の反応であったが、キャロは初めて経験であったため、困惑している。
『うーん、よくわからないけど前に母さまがこういうこともできるようにって教えてくれたの』
「なるほど、後天的に覚えたのか……だったら」
何かを思いついたかのようにアタルはすっと目を閉じて、魔力を集中させていく。
「アタル様?」
どうしたのかと心配そうにキャロが声をかけるが、アタルから声は返ってこない。
『キャロ』
代わりに返って来たのは先ほどのバルキアスと同様に脳内に送られてきた声だった。
「えっ! アタル様!?」
頭の中に響くアタルの自分を呼ぶ声にキャロは驚いて声をあげる。
「キャロ、俺の声が届いたか?」
「は、はい! どうやったのですか?」
きちんと声が届いたことを伝え、そして質問をする。
「うーん、バルがどうやって声を送っているのかわからないが、俺がやったのは魔法の応用だ。まずは魔力を集中させる。それから、その魔力に言葉を乗せて指定の相手に送るんだ。俺がいた場所では超能力なんて言われているものを魔法で代替した形だな」
アタルは自分がやったことを自身のイメージを交えながら説明していく。
「えっと、こう……かな?」
なんとか自分もやりたいと思ったキャロはアタルのやり方を自分なりに解釈して試してみる。
「むむむむむっ」
そして、ぎゅっと目を閉じて唸りながら必死にアタルに声を送ろうとしている。
「はあはあ……アタル様、どうでしたか? 声届きましたか?」
パッと目を開いて息を乱しながら質問するキャロだったが、アタルはそれに対して首を横に振った。
「残念ながら声はこなかったな。俺は近いものをイメージできたからわりと簡単だったんだが、それを知らないキャロには少し難しいかもな」
先ほどアタルは電話をイメージしていた。声を発する、それが電話線にのって遠く離れた相手に届く。それを魔法に応用していたのだ。
しかし、電話はキャロが知らないものであるため、彼自身どうにも説明が難しかった。
『えっと、僕のやり方が参考にならないかなあ? 僕が初めてこれを使った時は言葉を玉にして母さまに放り投げるようにイメージしたの』
そんなアドバイスを受けたキャロは再び声を送る練習を始めた。
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