第七十三話
アタルが商人とその護衛のグループに近づくと明らかに警戒している様子が見て取れた。ピリッとした空気が当たりに張り巡らされる。
「一応挨拶しようと思ってきただけだ、必要以上にそちらに近づくつもりはない」
一定の距離をとったところでアタルは何ももっていないというように手を見える位置にあげながら声をかける。
「そうか、敵意がないならもう少し来てもらって構わない」
護衛の男の許可を得て、アタルは手が見えるようにしたままでゆっくりと近づいていく。そして話ができる距離まで近づくと、話ができる距離を保てるところで再び足を止めて挨拶をする。
「騒がせて悪いな。俺はアタル、今夜はあっちで野営をするつもりだ。魔物や野盗避けのためにいくつか罠をしかけるつもりなんで、そちらが挨拶に来ることがあった場合、困ると思って知らせにきた。念のために」
念を押すように話すアタルの言葉に、護衛の一人がピクリと反応したのをアタルは見逃さなかった。
「おやおや、あなたも冒険者ですかな?」
その時、馬車の陰から出て来た髭を蓄えた男性がアタルに声をかけてきた。男は人の良さそうな笑顔を浮かべている。
「そういうってことはあんたが彼らの雇い主の商人か。俺はアタル、連れと一緒に離れた場所で野営をするつもりなんで挨拶に来たんだ」
アタルは商人に先程と同じ挨拶をする。聞いていたかもしれないが念のためだった。
「それはわざわざありがとうございます。我々も今夜はここに泊まる予定です。お互い不干渉といきましょう」
商人のそれは余計な関わりが揉め事の元だと判断しての言葉だった。
「それがいい、俺たちもこちらには近づかないようにするし、そちらもそうしてくれると助かるよ」
了解するように互いが頷きあい、アタルはそれ以上話すこともないだろうと踵を返してキャロのもとへと戻る。
あえてアタルは振り返らないようにはしたが、最初の時と同じ視線をずっと背中に感じていた。自分が感じた違和感が確信に変わった瞬間だった。
「……これは何かありそうだな」
そう呟いた口元はにやりと笑っていた。
「キャロ、戻ったぞ。あいつらへの挨拶は終わった」
「おかえりなさいませっ。……大丈夫でしたか?」
変わりない様子で戻って来たアタルに、心配そうにしながらキャロが質問する。
「あぁ、もしかしたら今夜来るかもしれないな。何かが怪しい。雇い主らしき男、あいつはただの商人じゃないな。身のこなしが商人のそれじゃないし、俺のことを見ていた目つきが探るような視線だった。あいつの周りもそんな感じだったしな」
それを聞いてキャロもすっと目を細める。
「やはり来ますか。それじゃあ、準備をして待ちましょうっ」
キャロは罠を用意した段階でアタルがこれを予想していると感じ取っていた。武器の用意も万全にしている。
「あー、罠があるから大丈夫だろ。とりあえず今はゆっくり休もう。あいつらが来たところで俺たちに勝つのは無理だろうからな……ただ、罠だけは念入りにしておくか」
実力から言えばアタル、そしてキャロのほうが彼らよりも一枚も二枚もうわてだと判断していたが、何か嫌な予感を感じていたアタルは最初に用意したもの以外にもいくつかわかりづらい罠を設置していく。
「あとは、これに魔力を通して……完了だ」
満足げに頷いたアタルが準備を完了した一方で、キャロは食事の準備を終えていた。
「アタル様、夕食の準備ができましたので頂きましょうっ」
「あぁ、ありがとうな」
怪しい人物が近くにいるものの、ひとまず二人は穏やかに談笑しながら夕食をとっていく。
夜がすっかり更けて周囲が静まり、アタルもキャロも眠りについたころ。二人のキャンプへと近づくいくつかの影があった。
「……おい、罠が仕掛けてあると言っていたが大丈夫か?」
「もちろんだ、そのために俺がいるんだろ」
ぼそぼそと話し合うそれは商人の護衛の冒険者たちだった。アタルの予想通りに彼らは動き出していたのだ。
男のうちの一人は偵察やトラップサーチなどを得意としているため、先頭をきっていた。
「いくつも罠を仕掛けているみたいだな……だが、俺にかかればっと」
アタルが用意した罠を慎重に解除していく。その手つきは非常に慣れたもので、こういったことをよくしているのだということが伝わってくる。
「物理的な罠はなんとかなるが、これはちょっと厳しいな……」
最初は得意げに罠を解除していった彼が顔をしかめて手を止める。彼が見つけたそれは魔法を使った罠だった。男はトラップのサーチおよび解除を生業としていたが、魔法方面にはうとく、これに関しては解除も難しかった。
「それは私のほうで担当するわ……なるほどね、確かに魔法を使った罠だけど構造は複雑じゃないわね。これならなんとかなりそうね……」
押しのけるように隣に出て来た魔法使いの女性がアタルの罠を読み解いてするりと解除していく。
「いいぞ、あいつらテントなんて用意しているのか……もしかしたらマジックバッグとか持っているのかもしれないな」
アタルたちが用意していたのはサイズの大きなテントであるため、男たちはそう予想した。
「でも、二人だろ? 馬車やマジックバッグがあるといってもそんなにめぼしいものはないんじゃないのかなあ?」
だが、男たちの中でものんびりとした性格の男が間延びした口調でつまらなさそうに言う。せっかく狙うならもっとおいしい獲物がいいという様子だった。
「今更そんなことを言うな。二人だけのパーティで馬車を持てるほどなんだ、それなりに金はあるだろうさ」
それが男たちがアタルたちを襲おうとした最大の理由だった。金を持っている若い男と小さな女の子など彼らからすればぬるいと言えるほどの相手だと思っていたのだ。
「……ふう、全部解除できたわよ。それで、やるの? やらないの?」
男たちが話し合っている間、魔法使いの女性は一人で罠の解除をしていた。男たちの会話に呆れたように肩を竦めた彼女は最終確認だと問いかける。
「あぁ、すまないな。とにかく先に決めたとおり……やるぞ」
リーダーがそう言うと、全員が頷き合い、一斉に武器の準備を始めた。
「いつものタイミングで飛び出すぞ……一、二の三!!」
そしてその合図を受けて冒険者たちは一気にアタルたちのテントの中へと飛び込んだ。
「なに!?」
しかし、そこはもぬけのからだった。何もないただのテントだけがそこにあったのだ。全員の顔が驚愕に染まる。
「ど、どういうことだ!? あいつらのキャンプはここのはずだろ? それともどこかに出かけているのか? いや、しかし馬車はそこにある……」
「……なあ、これはどういうことなんだ?」
動揺していた冒険者たちは突如後ろからかけられた声に驚いて、誰もがテントから慌てて飛び出した。そこには表情のない顔で立つアタルとキャロの姿があった。
「お、お前たち! 一体、どこに!!」
「いやいや、それよりも先に俺の質問に答えるべきだろ。……これは、どういうこと、なんだ?」
男の問いに対して、アタルは先ほどと同じ質問をより強調するような口調で繰り返す。
「くそっ、お前らやるぞ!」
だが質問には答えず、舌打ち交じりに冒険者たちは戦闘態勢に入っていた。
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