第七十一話
「ア、アタル様っ! 首輪が取れました!」
「それが契約が解除された証です」
手に落ちて来た首輪にキャロがあわあわと驚いているので、にこやかに微笑んだバズが優しい声音で補足をする。
ここからはキャロも奴隷ではなく、一人の人間として扱われるため、バズも敬語で話している。
「あ、あの、ありがとうございますっ!」
ずっと首にあったそれをぎゅっと握り締めたキャロはアタル、そしてバズにもぺこぺこと頭を下げた。あまりの感動にこの言葉以上に出てくるものがなかったのだ。
「いや、私は何も。解放してくれた主に礼を言うのが良いかと」
緩く首を振っているバズはあくまで奴隷商であるため、礼を言われる筋合いはないと線を引く。
「アタル様っありがとうございます!」
「気にするな。今回の旅の話がなくてもいずれ解除するつもりだったからな。もう呼び方も様づけじゃなくていいんだぞ?」
しかし、キャロはきょとんとした顔をしたあと、ゆるりと首を横に振った。
「私は奴隷から解除されたかもしれませんが、アタル様がいなければ今の私はありません。ですから、これからもそう呼ばせて下さい」
彼女はアタルのことを救いの主であると考えており、今後もそれを変えるつもりはなかった。柔らかく天使のように微笑むキャロはこれからも側にいられることが心から幸せだというように告げる。
「……まあ、好きに呼べばいいさ。それで、俺たちはもう行ってもいいのか? 料金の支払いとかあるなら払っていくが」
強制するほどのことではないとあっさりと引いたあとのアタルの問いにバズは首を横に振る。
「いりません。本日はとても良いものを見させて頂きました。本来なら、あれほど傷を負っていた彼女は誰にも買われることなく、死ぬまでここにいたと思われます。それがあなたという主人と出会ったことで、心身ともに傷を癒やし、ついには奴隷から解放されるまでになりました。こういってはなんですが、私も親心というものがありますので少々感傷的になってしまいました。……それでは、またのお越しを」
おそらく二度と来ないであろうと感じ取りながらもバズは穏やかにそう言って部屋を出て行った。
「あいつもいいやつなのかもな」
「はい、私はここでボロボロのままいましたが、他の方と変わりのない対応をして頂けましたから」
通常、奴隷商人の中にはあそこまで傷ついており、売れないとわかっている奴隷には食事量を減らしたりと非道な仕打ちをすることも珍しくなかった。
「いいやつなんだな」
「はい、なのでお礼を言ったのですっ」
しみじみと彼の人の良さを感じ取った二人はしばらくの間、バズが出て行った扉を見ていた。
それからしばらくして店から外に出たところで、これからの予定についてアタルが話す。
「あとは旅の準備をしていかないとだから色々と買い物をしていこう。それが終わったら、今日はゆっくり宿で休んで……明日の朝には出発しよう」
いよいよ旅に向かう。それを聞いてキャロはシャキッと背筋が伸びた。
「そう緊張しなくていい。獣人国に向かうまでは旅をゆっくりと楽しもう。俺も色々と新しいものを見るのが楽しみだ」
わくわくしているような笑顔で言うアタルに自然とキャロの肩の力も抜けていた。
「そうですね、私もアタル様と旅するの楽しみですっ!」
二人の所持金はここまででかなりの額になっており、それを使って大量の物資を購入していく。突然舞い込んだ上客に、各店の店員たちから何度も感謝されることとなった。
一通り回って買い物を終えると宿に戻る。マジックバッグのおかげで彼らは行った時とほぼ変わらぬ姿であった。
「いよいよこの街ともお別れだな」
「この街でも色々ありました……私、アタル様に買われて本当に、本当によかったですっ!」
部屋で二人になったところで向かい合うように姿勢を正したキャロが改めて礼を言う。
「そう言ってくれてよかったよ……それで、キャロはどうする?」
そんなキャロの柔らかい髪を撫でながら頷くと更に彼女の笑みが深まる。
二人が穏やかな雰囲気で落ち着いた頃、真剣な表情になったアタルが改めて質問する。
「どう、とは……?」
質問の真意を探るように首を傾げながらキャロが聞き返す。
「あぁ、漠然とし過ぎてるよな。悪い。……これから獣人の国に旅立つつもりで準備を進めてきたが、それは俺が言いだしたからであって、他にキャロに何かやりたいこととか、俺と別の道を歩きたいというのであれば考えるってことだよ」
キャロが奴隷から解放されたことで、改めて自分の旅に同行させるのが悪いとアタルは考えていた。彼女の実力ならば一人でやっていくことも十分可能だったからだ。
「っ……アタル様は私が邪魔ですか……?」
絞り出すように出たそれはキャロにしてみれば当然の質問であり、アタルにしてみればなぜそうなる? と驚く質問だった。よく見てみると、何かをこらえるように彼女が涙ぐんでいる様子にアタルは動揺していた。
「いやいや、そんなことは言ってないぞ! その、俺が言いたいのは、ただ……ただキャロには自分で選択肢を選んでほしいと思っただけなんだ。キャロはもう奴隷じゃないんだからな」
泣かせるつもりはなかったのだが、彼女を傷つけてしまったかとなだめるように頭を撫でる。優しく言い聞かせるようなそれを聞いたキャロは袖でぐしぐしと涙を拭う。そして意気込んだように顔をあげた。
「アタル様っ!」
「はい!」
強い呼びかけに思わず手をひっこめながらアタルは背筋を伸ばした。
「今回奴隷解除されましたが、今までもこれからもずっと私はアタル様のものですっ。だからアタル様にいらないと言われるまでは共に歩みたいと思います!」
強い意志を込めた眼差しで胸に手をやりながら語るキャロはアタルのことを人生の恩人だと考えていた。彼がいなければ今の自分はいなかったと確信している。
「それに私はなんの恩も返していません。この世界の常識を教えてほしいとおっしゃっていましたが、それよりもアタル様に与えてもらったもののほうがずっと多いですから……」
どうかおいて行かないでと願い出るキャロの表情にアタルはぎゅっと胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「わかった、わかったよ。悪かったな……変なことを言って。もちろんこれからも一緒にいてくれ。でも、獣人の国に行ってから気が変わったら……その時にはそう言って構わないんだからな?」
「わかりましたっ! でも、気は変わりませんからね!!」
真剣な表情で見合っていた二人はその後、どちらともなく自然と笑顔になっていた。
翌朝、二人は宿の手続きをすると出発の支度をし始めた。
「それじゃあ、手紙を届けてくれ」
全ての支度を終えると、アタルは一枚の手紙を差し出した。それは昨晩アタルが用意した物だった。
あて先は領主グレインとその娘のアーシュナ。彼らに挨拶したい気持ちはあったが、直接会いに行けば、引き留められるかもしれない。もしくは過剰な援助を申し出てくるかもしれない。
そう考えたため、彼らへの手紙を宿の店主に託したのだ。
「わかりました。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
旅立つ前、アタルが相談として話を持ち掛けると、その気持ちを汲み取った店主は即答で引き受けてくれた。
「それじゃあな」
「失礼しますっ」
こうして、獣人国へ向けた二人の旅が始まった。
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