第七十話
それからアタルとキャロはそれから数日の間、フランフィリアの家で魔法の訓練を続けていき、それぞれ満足がいくレベルにまで成長を遂げていた。
「フランフィリア、セイブス、二人にはかなり世話になった。本当にありがとう」
「ありがとうございましたっ。まさか、私がこんなに魔法を使えるようになるとは思っていませんでした!」
笑顔を浮かべたアタルとキャロが二人に礼の言葉を言い、感謝の気持ちを込めて深く頭を下げる。
「いえいえ、二人とも教えたことをどんどん吸収されていくので教えがいがありました」
それは最初の師であるフランフィリアの言葉。最初は自分に教えられることがあるのか不安さえ抱いたが、それ以上の成長を見せてくれる二人は自慢の生徒だった。
「お二人は別々の方向に成長されていくので、見ているこちらも楽しかったです。また、アタル様は私では考えつかないような使い方をするのでこちらも勉強になりました。ありがとうございます」
二人目の師であるセイブスはアタルに対して反対に礼の言葉を述べた。常識にとらわれないアタルの発想はセイブスにとっていい刺激になったようだった。
「そうか? 俺も楽しかったよ。おかげで旅をするにあたってかなり楽に進めそうだ」
それを聞いたフランフィリアは目を細める。困難な道を行く二人を心から心配するほどにフランフィリアは彼らを思いやっていた。
「やはり、旅に出るのですね?」
彼女の話を聞いたうえでアタルは訓練期間の間、何度もキャロと話をしており、獣人国を目指すことに決めたのだ。
「あぁ、キャロと約束をしたからな。どんな国なのか俺も行ってみたいし、長い旅なんてそうそうする機会がないからそれ自体が楽しみだ」
いずれ獣人国に辿りついて、その先は何をするのか。それはまだ決めていなかったが、それでも一つ目的を定めたことでアタルもスッキリとした気持ちになっていた。
「そうですか……お二人の実力を私は買っていますので、旅が終わってどこに住んでもいいと思った場合はこの街のことを思い出して頂ければと思います、その時は支援を惜しみませんよ?」
この街はアタルが初めて訪れた場所であり、キャロと出会った場所であり、大規模な戦いを経験したのもここが最初だった。
他にもこの街で経験した“初めて”をあげればきりがなかったが、アタルには楽しかったと思える思い出ばかりだった。
「あぁ。向こうに行ってみてからになると思うが、この街も選択肢にいれておくよ」
なんとも煮え切らない返事に聞こえたが、フランフィリアにはこれで十分だった。
「キャロさん、あなたもこの数日で強くなりました。アタルさんと共に体に気を付けて行ってきてくださいね」
「は、はいっ! がんばります!」
奴隷である自分のことまで気にかけてくれることにキャロは涙ぐんでいた。自分に姉がいたらこんなだろうなとキャロが思えるほど、フランフィリアは慈愛に満ちた表情を浮かべている。
「それじゃ、そろそろ行くよ。ありがとう」
「色々お世話になりました。ありがとうございましたっ!」
アタルとキャロが最後にもう一度フランフィリアたちにお礼を言うと、ゆっくりと屋敷をあとにした。
「さて、まずはあそこに向かおう」
「……どこにですか?」
街を歩いているアタルはどこに向かっているのかキャロに説明しておらず、質問されてもあいまいに首を振るだけだった。
そこに近づくにつれ、目的地に気付いたキャロの表情はどんどん暗くなっていく。
「……ここだ」
道順で予想はついていたが、それでも違っていて欲しいと願うもキャロが思っていたとおり、辿りついたのは奴隷商の店だった。
ここで過ごした時間を思い出し、この先何がおこるのか、それが全くわからないキャロは不安に身を固くしながらも、アタルのあとをついていく。
「お、おぉ、これはこれはいらっしゃいませ。以前奴隷を買われたお客様ですね」
店主ことバズはアタルのことを覚えているようだった。にこやかに出迎える彼は相変わらず小太りで汗を拭きながら現れた。
「あぁ、今日は頼みがあってきたんだ」
「むむ、もしや奴隷がいらなくなったから買い取って欲しいという相談ですかな? それであれば大歓迎です。どうやったのかは知りませんが、見たところ怪我が全て治っているようですし、これならば高い値段で売れそうです」
アタルの話を聞いたバズはジロジロとキャロを眺めたあと、頭の中で素早く計算をしていた。
キャロはその視線を受けるだけで嫌な気持ちになり、アタルの陰に隠れる。そしてその表情は隠れたことによって、みるみるうちに悲しさと不安でいっぱいに歪む。
もしや自分は売られてしまうのか。アタル以外のものになってしまうのか。そう考えるだけで震えが止まらなかった。
「おいおい、そんな目でキャロのことを見るなよ。怖がっているだろ? 今日来たのはそういう目的じゃない、キャロの奴隷契約を解除したいからだ」
それを聞いてバズもキャロも目を丸くして驚いている。
奴隷契約の解除というものはシステムとしては存在するが、実際に施行しようとするものはほとんどいなかったからだ。
「ほ、本気ですか? 昔は解除したという話を聞いたことがありますが、そのほとんどがその後に主から逃げたと話を聞くくらいですよ!?」
買取ではなく、あえて奴隷解除を選ぶアタルにバズは信じられないと大きな声で質問する。
「そ、そうです! 奴隷解除をしたなんて話聞いたことないですっ。そりゃ私は逃げませんが、それでもなんで!!」
キャロはなんでそんなことをしようと思ったのか。それに疑問を持っていた。自分は今の状況に何の不満もない、むしろアタルの奴隷になれたことは自分の人生の中で一番の幸せだと誇れるものだったからだ。
「……そんなに驚くことか? とりあえず説明だけはしておくか。キャロにはもう話してあるが、俺はこれから東に旅立つ。目的地は獣人国だ」
なぜこんなにも二人が驚くのか意外そうにしていたアタルの言葉をそこまで聞いたバズは納得がいった。
「なるほど、そういうことならわかりました。こちらの部屋へどうぞ」
その説明だけで納得したことに驚いているのはキャロだった。歩いてついて行くだけで精いっぱいで、一人状況を理解できない彼女はひたすら混乱していた。
先ほどのアタルの言葉のとおり、キャロの実家を探すため、獣人国に向かうというのは聞いていた。
しかし、それがなぜ奴隷解除に繋がるかわからなかったのだ。
「キャロ、東の国は奴隷制に対して厳しい考えを持っている他種族の国だ。だから、キャロを奴隷契約のまま連れて行くことにメリットは何もない。むしろそれが原因で国に入れないなんてこともあると予想できる」
歩きながらも隣で優しく言い聞かせるように話すアタルを見上げたキャロも、そこまで聞いてようやく合点がいった。
「それに、キャロは逃げ出さないだろ?」
「もちろんですっ!」
真っすぐ自分を見つめるアタルから伝わってくる信頼の気持ちに、大きく頷いたキャロは即答する。そして同時に捨てられるわけではないことを確信して、胸がぽかぽかと温かくなっていくのを感じた。
「なら大丈夫だ、ほら遅れないようについていくぞ」
いつの間にかバズは結構先に進んでおり、そのあとをアタルは置いていかれないようにやや小走りで追いかけた。これからも一緒にいていいのだという嬉しさからこみあげた、こぼれそうになる涙をぐっと拭ったキャロも慌ててついて行く。
「こちらの部屋におはいり下さい」
前回契約の時に入った部屋とはまた別の部屋にアタルたちは案内される。そこには契約書と思しき書類が机の上にあった。
「それではこちらの書類に二人の名前を記入してから、血を垂らして下さい」
バズの指示のとおり、二人はそれぞれが名前を書いて、そこに血を垂らす。心なしかキャロは手が震えているように見えた。
「魔法陣の中に二人で入って下さい……はい、それではいきますね」
二人が入ったのを確認すると、バズは契約解除の魔法を唱えていく。
すると魔法陣が眩い光を放ち、二人を飲み込んでいく。そっと不安げにアタルの裾を握っていたキャロの手にアタルの手が添えられた。その時見つめあった二人は最初に奴隷契約した日のことを思い出していた。
この奴隷解除契約は両名が納得し、判を押さないと行えない儀式だったが、アタルもキャロも納得しているため、儀式は滞りなく進んだ。
「はい、これで終了となります。お二人の奴隷契約が解除されました」
温かな光が収まったところでひと汗拭ったバズが声をかける。
そしてキャロの首にずっとあった首輪が自然と外れ、彼女の小さな手の上にすとんと落ちた。
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