第六十八話
立ち並ぶ本棚をじっくりと眺めながら、アタルは背表紙を見て自分が興味があるものを選んでいく。それらは生活に役立つ魔法や旅に役立つ魔法というものが中心となる。
しかし、読み進めていくうちにそれ以外にも色々な使い方があることを知り、興味がそそられたアタルはそれ以外の本にも手を出していった。
アタルの集中力は目を見張るものがあり、訓練がひと段落したキャロとセイブスが部屋の中に入ってきても気づかないほどであった。
「すごいですねっ」
「全く気付いてないですね」
くすくすと微笑みあうキャロとセイブスが話をしていてもアタルはピクリとも反応しなかった。じっと本を見つめ、ページをめくる。ただそれだけを淡々と繰り返していた。
「あ、あの、アタルさま……」
恐る恐るといった様子でキャロが声をかける。しかし、それでも反応はなかった。今まで彼に話しかけて聞いてもらえなかったことのないキャロは言いようのない不安に襲われたが、ぐっとこらえて再び声をかける。
「アタル様っ!」
さっきより硬くなった少し大きめの声で呼びかけると、ようやくアタルが本を閉じて振り返った。
「あぁ、二人ともそっちは終わったのか?」
気づかなかったというような表情で問いかけるアタルに、苦笑交じりになりながらキャロは頷き、セイブスは肩を竦めた。
「はいっ! なんとか形になってきたと思います!」
「アタル様、本に集中されるのは良いのですが、外はもう暗くなってきていますよ」
ようやく見てもらえたことに安心したキャロが元気よく返事をしている。微笑みを絶やさないセイブスは外の様子を伝えた。
この部屋は本が日焼けしないようにと、外からの採光は一切取れないようなつくりになっている。そのため、アタルは時間の経過に気付けなかったようだった。なかなか戻ってこないアタルを心配した二人が迎えに来た、ということである。
「もうそんなに時間が経ったのか、悪かった……でもここはなかなか面白い本があるな」
申し訳なさそうにしながら立ち上がったアタルは二人が来るまでに何冊も読み終わっており、どんどんとテーブルに積んでいた。それらに手をやりながら話す彼の表情は満足げである。
「じゃあ、本を片付けたら帰るか」
戻さなくてもよいと言われていたが、思っていた以上に本を持ってきてしまったことがアタルは気になっていた。それゆえに本を棚に戻そうとするが、それはセイブスによってそっと止められる。
「大丈夫ですよ、私のほうで戻しておきますから。それよりもお二人は完全に暗くなる前に宿へ戻られたほうが良いと思います。この街は比較的治安がいいですが、それでも夜中はおかしな輩も出ますからね」
「そうか? それじゃあ、お言葉に甘えて今日は帰らせてもらおう。明日も同じくらいに来ればいいか?」
アタルほど魔法が使えれば、もう十分だと過信する者も多い。その中でアタルはまだ自分は魔法というものの入り口に立ったばかりだと考えていた。
「えぇ、お待ちしております。今日はフランフィリア様はギルドに泊まるそうですが、明日には戻られてお二人の訓練に付き合えるとおっしゃっていましたよ」
そんなまだまだ学び足りないという彼の姿勢はセイブスを驚かせた。そして驚きと同時に応援したい気持ちが強くこみ上げたセイブスは笑顔で答える。
早く魔法を使いたい、その気持ちばかりが先行してダメになる駆け出しの魔法使いも世の中にはたくさんいたからだ。
「そうか、そしたら明日は俺も外で実技練習に加わることにしよう」
いくつかの興味を持った本は既に読み終えているので、アタルはそれを実際に使ってみようと考えていた。
「なるほど、それもいいかもしれませんね。では、明日を楽しみにしております」
ふわりとほほ笑んで頷いたセイブスに別れの挨拶をして、二人は宿へと戻って行った。
その夜はそれぞれ夜更かしすることなく、適度に復習したのち、ゆっくりと床に就いた。
翌日もアタルとキャロは同じ時間にフランフィリア邸を訪れる。
昨日のセイブスの話のとおり、今日はフランフィリアも屋敷にいたため、裏庭に四人集まって実技練習をする流れになった。
「アタルさんは、昨日色々と本を読まれたそうですね。何かこれは使ってみたいというようなものはありましたか?」
今日はフランフィリアがアタルの、セイブスがキャロの講師役を務めることとなる。セイブスから聞いていた報告を元に指導を進めることにしたフランフィリアが問いかけた。
「そうだなあ……セイブスにも聞いたんだが、俺は生活魔法というものを使ってみたい。魔法で汚れをとったりするんだろ?」
少し悩んだのち、アタルが選んだのはやはり生活魔法だった。
初めて魔法を使うとなると派手な攻撃魔法を選ぶ者が多いなか、それを選んだアタルにフランフィリアは目を丸くして驚いていた。
「えっ? 生活魔法ですか? た、確かに便利ですが……もっとこう、炎の魔法とか雷の魔法とかそういった強力な魔法とかは?」
アタルが選ぶだろうと想像していた魔法をフランフィリアが次々と挙げていくが、それに対してアタルは首を横に振ることで返事とした。
「炎も雷も俺の武器で十分だろ。それよりも旅をしたり、街から街に移動するとか洞窟に潜るときを考えれば、自然と生活魔法にいきつくさ」
アタルの言葉を聞けば確かにその通りだが、どこか腑に落ちないものがフランフィリアにはあった。彼ほど魔法の扱いに長けたものならば、より強力な攻撃魔法を望むものだと思っていたのだ。あわよくば自分と同じような氷の魔法を……と思っていたのはフランフィリアのみが知る。
「さあ、生活魔法について教えてもらおう」
色よい返事をもらえないことにやきもきとしたアタルは何が悪い? とばかりに胸を張ってそう言った。
「わ、わかりました。先ほどいったような基本的なものになりますが、汚れをとる魔法からやっていきましょう……少々お待ち下さい。練習用にいらない布をとってきますね」
どんと構えたアタルに押されるように頷いたフランフィリアは気を取り直して屋敷へと戻って行く。その道中で彼が自分の予想の遥か上を行くことに思わず自分が微笑んでいることにフランフィリアは気づいて、眼鏡を押し上げながら早く戻ろうと足を速めた。
フランフィリアを待っている間、アタルはキャロの訓練風景を眺めることにする。
「放て、“風の矢”! 放て、“炎の矢”!」
いつしか杖なしでもキャロは二つの属性の魔法を連続で放つことに成功していた。彼女の命令通りに放たれたそれぞれの矢は絡み合うように的へと当たり、大きな穴をあけた。
「キャロさんは複数の属性を使えるようですね。最初のうちは炎の矢は難しかったようですが、これなら他の属性も使えそうです」
セイブスの言葉に気をよくしたキャロは他の魔法の練習をするため、まずはイメージを作るところから始めていく。
むむっと難しい顔をしながらイメージを巡らせている彼女をアタルは感心したように見ていた。
「へー、キャロすごいな。あれと近接攻撃を組み合わせたらかなり強力なんじゃないか?」
アタルの場合は銃も魔法も遠距離であるために戦い方が変わることはないが、近接戦闘がメインのキャロの場合は戦術の幅が広がる。それをアタルは期待していた。
しばらく悩みながら訓練しているキャロを見ていると、フランフィリアが数枚の布を持って戻ってきた。
「お待たせしました。うちにあったいらない布です。まずはこれを……」
早足で戻って来たフランフィリアはそう言ってふわりと布を地面に落として適当に砂や土をかけていく。いらないと言っていた割には綺麗な布に見えたそれらはあっという間に土まみれになった。
「お、おい、いいのか? いくらいらないといっても結構綺麗な布だったと思うが……」
「大丈夫です。さあ、さっそく魔法で綺麗にしましょう」
汚れてしまった布をテーブルの上に置くと、フランフィリアはかざした手に魔力を集中させていく。
淡く白い光が強くなり、魔力の高まりが感じられたところで魔法を放つ。
「“不浄なるものを清浄に”!」
ともすれば、聖属性魔法にも聞こえる詠唱だったが、放たれた光に包まれた布はみるみるうちに汚れがとれて元の綺麗さを取り戻していった。
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