第六十二話
しばし街の様子を眺めたあと、二人は街に入ると真っすぐ冒険者ギルドへ向かう。
中に入ると冒険者、職員の視線がいっせいにアタルたちに集まった。だがどの視線も敵意などなく、二人がしばらく街から離れていたため、やっと顔を出したかといった様子だった。
アタルたちが受付に向かうと、担当してくれたのは今回もブーラだった。二人の姿を見つけた時には安堵の表情を浮かべていた。
「アタルさん、キャロさん、お二人ともお帰りなさい」
穏やかな口調でそう告げたブーラの表情はとても柔らかいものだった。実力的には二人の身に何かが起こることは考えづらいが、それゆえにこの街に戻ってこないという選択肢も十分に考えられたからだ。
その二人が再びこの街のギルドを訪れたことは、職員にとって喜ばしいことだった。
「あぁ、ただいま」
「はい、ただいまですっ!」
相変わらずの様子を見せる二人の挨拶を聞いて、嬉しそうにブーラは頷いた。
「それで、本日はどういった御用でしょうか?」
「あぁ、ギルドに用事というか、正確にはギルドマスターのフランフィリアに会いたいんだが……」
わざわざギルドマスターを名指しで用事があると答えたアタルにブーラの表情は一変した。
「承知しました、今確認してまいります!」
きっと重要な案件であるに違いないと考えたブーラは急いで階段を駆け上がって行った。普段冷静さを欠かないブーラの予想外の行動に二人はきょとんとしている。
「そんなに急がなくても……」
思わず手を伸ばしてアタルが声をかけた時には既にその姿は見えなくなっていた。
「……まあいいか。あとで説明すればいいだろ」
「そうですね、おそらく勘違いしたまま伝わっているでしょうから」
苦笑交じりのキャロもブーラの表情と声色からきっとなにか勘違いしているだろうと予想していた。
しばらく待っていると、勢いよく階段を下ってくる音が聞こえてきた。
「はあはあ、お待たせしましたっ。お会いになるそうです、こちらへどうぞ……」
息を乱しながら現れたブーラは二人を案内しようとする。彼のあまりの慌てぶりに二人は少し申し訳なさを感じていた。
「場所はわかるから、入っていいなら勝手に向かわせてもらうが……疲れただろ?」
「はあはあ……いえ、だい、じょうぶ、です」
いまだ整わない呼吸のせいで全く説得力のない言葉に、アタルは肩をポンッと押して少し無理やりに彼を座らせると階段を上がって行った。ぺこりと一礼したキャロも小走りでアタルについて行く。
二人がギルドマスターの部屋の前まで行くと、アタルは扉をノックする。
「アタルさんですね。どうぞおはいり下さい」
中から聞き覚えのある声の返事が聞こえたため、静かに扉を開けて中に入る。穏やかな笑みを浮かべて顔をあげたフランフィリアは相変わらず美しい身体を強調するような服を身に纏っている。
「アタルさん、キャロさんお帰りなさい。戻ってきたようで安心しました」
それはフランフィリアの本心だった。
二人の実力を考えると、この街を拠点としている他の冒険者のと比べてもその強さは頭一つ以上抜けているのでここに残ってもらいたいと思っていただけに、帰ってきてくれた事を喜んでくれているようだった。
「下でもブーラに同じことを言われたよ。……それで、フランフィリアに用事があって戻って来たんだが、話を聞いてもらえるか?」
アタルの言葉にフランフィリアはぐっと表情を引き締める。
「はい、ブーラから話は聞いています。何かあったんですね」
真剣に聞く姿勢をとるフランフィリアにやっぱり勘違いさせているのだなとアタルは苦笑する。
「いや、そんなに真剣に構えなくていいんだ。ちょっと頼みたいことがあって来ただけだからな」
緊張を解いて欲しいと願い出るアタルの隣でキャロも困ったように微笑みながら頷いている。
「えっ? 何か重要な報告とか、事件が起きたとかそういうのではないのですか?」
うろたえているフランフィリアの様子から、彼らの予想通り、ブーラは彼女へそう報告していたようだった。
「いやいや、さっきも言ったが俺らは頼み事があって来たんだ。ちょっと魔法に興味が出てきてな、知り合いの中で一番の魔法の使い手って誰だろうな? と考えたら、フランフィリアが浮かんだんだよ」
フランフィリアからしてみれば、アタルの発言は予想外だったため、戸惑っているようだった。
「えっ? 私ですか? いえ、その、魔法は使えますけど……えぇっ!?」
「頼む、俺たちに魔法の指導をしてくれないか?」
「お願いしますっ!」
真剣な表情でアタルとキャロが頭を深く下げたことで、更にフランフィリアは戸惑うこととなる。彼らほどの実力者がこれ以上何かを学ぶとは思っていなかったようだった。
「ダメ、か?」
何の反応も示してくれない彼女にダメだったのかと少し落ち込みながら少し頭をあげたアタルが問いかける。
「……うぅ、いいです」
「えっ?」
フランフィリアの返事が小さかったため、思わずアタルが聞き返した。
「いいですよ! 教えます! でも、あんまり人に教えたことないから期待はしないで下さいね」
普段の彼女ならば冷静にアタルたちの話を聞けているはずだったが、あまりにも必死なブーラの言葉に踊らされる形になってしまったフランフィリアは顔を赤くして恥ずかしがっていた。顔を覆うように手を頬にあてながら自棄になった彼女は大きな声を出すことでそれをごまかしているようだった。
「よかった、助かるよ!!」
了解の返事をもらえたことに感激したアタルが近くまで行き、興奮気味にフランフィリアの手を取り、ぶんぶんと振る。
「や、やめて下さい! わかりました、わかりましたから!」
こんな無邪気に喜ぶアタルを初めて見たフランフィリアは彼の新しい一面に胸がきゅっと締め付けられる。その上、男性の手を握ることなど長いことなかったため、フランフィリアの顔は更に赤さを増していた。
「キャロやったな!」
「はい! ありがとうございますっ!」
しばらく力強く手を握っていたアタルはフランフィリアから離れると、次はキャロの手をとって喜んでいた。満面の笑みを浮かべているキャロも嬉しそうにはしゃいでいる。
「はあ……まあ、教えるとなったらしっかりと教えます。でも、少し準備が必要になるので明日私の家に来てもらってもよろしいでしょうか?」
ここで教えるのでは何かあった場合に困るとフランフィリアは考えていた。魔法を覚えたての頃は暴発することも多いからだ。また、誰か特別に指導するということを公にするのは立場的にもよろしくなかった。
「わかった……それで、家はどこにあるんだ?」
落ち着きを取り戻したアタルの質問を受けて、フランフィリアは一枚の紙を取り出す。それは何も書いていない白紙の紙で、サイズは小さなノートくらいの大きさだった。これから地図でも書いてくれるのだろうかとアタルとキャロは首を傾げる。
「これに、ちょちょいっと」
紙の上に手を向けたフランフィリアが魔法を込めると、淡い光と共に徐々に地図が現れていく。
「すげー……」
こんな魔法もあるのかとじっとその様子を見ていたアタルは素直に感動を口にする。
隣にいたキャロは言葉もなく、ただただ見惚れていた。ぱっちりとした目をキラキラと輝かせて、地図から目を離さずにいる。
「いやいや、これはそんな大したものじゃないですよ。これは一種のマジックアイテムで、魔力を流すとイメージしたものが浮かび上がってくるんです」
それでも精巧に浮かび上がっている地図を見れば十分すごいと思うアタルだったが、あえてそれは口にしなかった。
「何はともあれ、この地図にある家が指導場所になりますので、そうですね……お昼過ぎくらいに来て下さい。元々明日は休暇をとる予定でしたので、午後は魔法のお勉強会にしましょう」
お勉強会とだけ聞くと頭が痛くなるが、魔法のと頭につくだけでわくわくする。こみあげる魔法への期待に二人は今から明日の勉強が楽しみになっていた。
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