第六話
翌朝
朝食を終えると、早速ギールの案内で奴隷商に向かう。
制度が整備されているとはいえ、奴隷の中には環境の良くない場所で育ったものもいるため、アーシュナは留守番という形になった。当初はついていくとわがままを言っていたが、ギールが何かを耳打ちすると途端に顔を青ざめさせて部屋へと戻って行った。
「アタル殿、つきました。ここが奴隷商の店です」
外観はこぎれいで、奴隷商とわかりやすく看板が飾ってある。街の人を見てもこの店を嫌悪している様子は見られないことで昨日のギールの話が一般的なものだということが身に染みた。
「ありがとう。あとは、俺一人でやってみるよ。グレインとアーシュナにも礼を言ってたと伝えてくれ」
「承知しました。また、機会がございましたらお会いしましょう」
任務を終えたギールは、受けた言葉を伝えるために深く一礼すると領主の館へと戻って行った。
「さて、いい奴隷がいるといいんだが……いい奴隷ってのも変な感じだな」
しばらくその背中を見送っていたアタルはそんなことを呟きながらおもむろに店の中へと入って行く。
「ん? おぉ、お客様ですね。いらっしゃいませ、私はこの店の店主をしているバズというものです。当店は各種族、老若男女、様々な目的に合わせた奴隷を取り扱っていますよ!」
ぽっちゃりと大きなおなかをした、やや背の低い男が汗を拭きながらアタルに声をかけてくる。へこへこながら早口でまくし立てた店主の男はなかなかいい商売をしているように見える。
「あぁ、こういう店に来たのは初めてなんだが、流れを説明してもらえるか?」
バズと名乗った男は、アタルを値踏みしながら話をする。その視線を見ないようにしたアタルはおそらく奴隷もものによっては大きく金が動く商売なのだろうと推測した。
「もちろんです、まずはお客様の要望をお聞きします。見た目、種族、年齢、目的といったものですね。それをお聞きした上で、私のほうでお客様の要望に適した奴隷を紹介していきます。要望別にいくつかの部屋にわかれていますので、そちらで奴隷を確認し、気に入った者がいれば値段と状態等と相談で、お支払いに納得いく金額であればお支払いののち、奴隷契約を結ぶ形になります」
これまでにも何度も説明したであろうセリフをすらすらとバズは口にした。
「そうか……見た目は良いほうがいいな、種族は何がいるのかわからんが人族以外が面白そうだ。年齢は俺が20歳だったかそこらだから……それより下で頼む。目的は旅の同行者ってところだな。もう一つ条件を加えるとしたら口が堅いやつを希望する」
バズはアタルの条件をメモすると、すぐに一覧と付き合わせていく。すでに何人か候補が頭に浮かんでいるようだった。
「……承知しました。それでは、早速ご案内しましょう」
彼の案内の元、連れられて入った最初の部屋は綺麗な服を着ており、身なりの整った女性奴隷たちがいた。檻の中にいる彼女たちはそれぞれ椅子に座っており、笑顔でアタルのことを見てくる。種族は人族が多かったが、中には獣耳の獣人族もいるようだった。一見してアタルのイメージしていた奴隷との扱いが違うことを実感できる様子だった。
「彼女たちは没落した貴族の息女や見た目の良いものなどです。貴族といっても、身の回りの世話はできるように仕込んでおりますのでご安心下さい」
バズの話を聞き流しながらアタルは一人ずつ順番に見ていくが、どこか媚びた視線を送ってくる彼女たちにはピンとくるものがなかった。
「うーん、他にもいるのか?」
「おや、こちらはお気に召しませんでしたが。それならば次に参りましょう」
若い男であるアタルを見たバズは、身なりの整った女性を選ぶだろうと踏んでいたが予想を外されたため、意外な表情で次の部屋へと案内していく。
「こちらは戦士タイプのものがおります。右にいるのが女性、左が男性です。あちらの男などは珍しい竜人族になります」
どっしりと立つ男性の奴隷は視線が鋭く、歴戦の勇士といった様相のものや、山賊のような顔つきの者がいる。女性の奴隷は大柄な者から、小柄だが整った筋肉の者までと様々だった。
その中でもバズの言う竜人族も一目で強者であることが伝わる迫力があった。アタルの視線にも特に気にした様子がないことからこうやってみられることに慣れているのだろうとわかる。
「ふーん、悪くないんだけど……」
アタルはここでもピンとこない様子だった。戦士であれば、自分の戦い方を気に入らない者もいるかもしれないと考えていたからだ。戦場でそのことでもめると命にかかわるため、絶対にそうなることは避けたい。
「ここでもいないとなると、次の部屋になりますが……あまりこちらはお勧めしません」
次に案内された部屋は、今までの二部屋とは異なる雰囲気だった。明らかに衛生的にいいとはいえない少し薄汚れた環境にぐったりと力なくうつろな目でこちらを見ている者が多かったからだ。
「こちらはうちに来た時点で治らない怪我や呪いを抱えた者になります。もちろん、食事などは他の健康な者と変わらないものを用意しておりますが……こちらは正直なところ慈善事業に近いところがあります」
国から許可を得て仕事をしている関係上、こういった者が巡ってくることもあり、断らずに受け入れることが望ましいと言われていた。こういった者たちになると商売的にはあまりありがたくないのか、バズはあまり気乗りしていない様子だった。
「そうか……」
バズの話を聞きながら、檻の中にいる者たちを順番に見ていく。ここまで見に来るアタルのような若者は珍しいのか、見られることに少し抵抗を感じている様子だった。
「……この子は?」
アタルは一番奥にいるある獣人を指差して質問する。名指しされた彼女は怯えた様にびくついていた。
「あぁ、彼女は獣人の子なのですが捨て子だったらしく、これまで劣悪な環境にいたようです。顔にも火傷のあとがあり、耳の欠損もあって、何の獣人かはわからないのです……そう長くは持たないかもしれません」
アタルは直感でこの獣人にすべきだと感じていた。同時に神にもらった能力である眼の力がこの子に何かあると訴えていたのだ。
「いくらだ?」
「はっ?」
唐突なアタルの質問にバズは間抜けな声を出してしまう。まさかこの獣人の子を選ぶと思っておらず、不意を突かれたからだ。
「この子を買いたい、いくらだ?」
再度質問するアタル、そこでバズはやっと事態を理解した。
「こ、こいつを買うのですか? ね、値段は格安になりますが、耳も目も欠損しておりますし、右手の腱も切れていて動きませんが……」
「あぁ、それでいくらだ?」
どれだけ劣悪だという条件を並べられても自分の目の力を信じているアタルの考えは変わらなかった。
「そ、それならば、外出着の料金を含めまして金貨1枚になりますが」
金貨一枚というこの価格は奴隷の中でも最低値であり、洋服の値段が多くを占めているといっても過言ではなかった。
「やすっ! 買った! これでいいか?」
領主にもらった金は全て金貨だったため、元々買うつもりだったアタルは即決で金貨を取り出す。
「は、はい、いえ、値段はそれでもちろん大丈夫なのですが、書類などの手続きもありますので事務所のほうへお願いします。おい、あの子の準備をしておけ」
いつの間にかバズの隣に来ていた使用人の男に声をかけると、彼は鍵をあけてボロボロの獣人の子を連れて行こうとする。だがその子供は話通り動きづらいらしく、よろよろと引きずるような歩行だった。選ばれた獣人の子はどうして自分が選ばれたのかわからないといった不安げな表情でアタルを見つめたまま連れていかれた。
「準備が整いましたら、事務所に連れてきますのでそれまで我々は事務手続きと諸注意の説明を行っておきましょう。ささ、こちらに」
今もやや困惑している様子のバズだったが、気にかけていた一人が買われていくことに喜びもあり、彼の気が変わらないうちに契約しようと先を急いだ。
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