第五十八話
洞窟からの帰りの道中、一度の野営と数回の休憩をした冒険者一行は街に辿りつくと一度解散し、各自ゆっくりと休み、翌日に再度ギルドへと集合することとなる。
「みんなよく集まってくれた。先日の依頼はご苦労だった。おかげでゴーレムの討伐が完了し、危険は取り払われた、ギルドを代表して感謝する」
そう言ってギルドマスターのフラリアが感謝の気持ちを込めて深く頭を下げ、他の職員たちもそれに合わせて頭を下げる。これには普段大きな態度をとっている冒険者もまんざらでもない様子で照れを隠せずにいた。
「昨日は疲労などから一度解散したが、今日は報酬の受け渡しをしていきたいと思う。事前に話していたように、実績に応じた報酬となるので順番にカードを提示してくれ」
その言葉を聞いて受付の職員は待ってましたと受付に待機し、その時を待っていた。
「申し訳ないが、全員の討伐数を確認してから報酬を決めていくので、手続きに多少時間がかかることだけは我慢してくれ。その分、報酬に色はつけるつもりだ」
申し訳なさそうなフラリアの説明に、文句なく頷いた冒険者たちは受付に近い者から順番にカードを渡していく。
今回はアタルとキャロもすぐに列に並び、職員にカードを提示していく。
「こ、これはっ!」
二人の活躍を知らない受付職員は結果を見て驚きの声を出す。何ごとかと振り返るが、周囲にいた冒険者はその反応を見て、この二人相手ならばそんな反応にもなるだろうなと思っていた。
「どうかしたか?」
何か問題があっただろうかとアタルが質問すると、ハッと我にかえった受付職員は勢いよく首を横に振る。
「し、失礼しました。なんでもありません、カードの提示ありがとうございました!」
まるで英雄でも見るかのように感激した様子で今度は勢いよく頭を下げていた。
「あ、あぁ、いや、気にしないでくれ」
職員のあまりの勢いに気圧されたアタルはとまどった反応をしてしまった。
「アタル様、後ろがつかえていますので行きましょうっ」
主人であるアタルが好意的に受け止められていることに嬉しさをにじませているキャロに言われてアタルは後ろを振り返る。そこには自分の番を待つ冒険者が並んでおり、すぐに受付から移動した。
アタルたちが移動してからも作業は続き、ようやく残りの冒険者たちもカードの確認を終えた。
「ふむ、これで全員か? なるほど、やはりこうなったか」
周囲を見回したフラリアがその結果を確認して笑顔で頷いていた。
「それでは私のほうで報酬を渡していこう、まずは……」
呼ばれた冒険者から順番に報酬の授与がされていく。すぐに支払いのすむ、貢献度の低い者から呼ばれているようだった。
それ故に今回前線で活躍したアタルとキャロが呼ばれるのは当然後半だった。
「それでは、冒険者キャロ、こちらへ」
まず先に呼ばれたのはキャロだった。彼女は少し緊張した面持ちでフラリアの元へと向かって行く。
「君たちは圧倒的な活躍だったから、当然、他の冒険者よりも報酬は多くなる」
今回の報酬は全て金で払われるが、キャロが受け取った袋はかなりの重量だった。予想外の重さに驚きながら両腕に袋を抱える。
「えっと、前線で戦っていたのでそれなりに他の方よりも戦ったかもしれませんが……少し、いえ、すごく多くないですか?」
多くの魔物を倒したキャロだったが、その彼女が持っても重いと感じるだけの量だった。元々の遠慮がちな性格からか奴隷という身分だったからか、こんなにもらってよいものかと落ち着きない様子だ。
「はっはっは、謙遜しなくていいんだよ。この場に居るもので君がこの報酬をもらうのに異論を唱えるものはいない」
だろう? とフラリアが周囲を見渡すが、もちろんだと全員が大きく頷いていた。
「そ、それでは遠慮なく頂くことにしますっ」
少し前まで奴隷商で売れ残っていた自分が、これだけの評価を受けることにキャロは戸惑いがあった。だが戸惑いの中にも嬉しさがこみあげてくるのを感じていた。
「キャロ、それを持ち歩くのは大変だろうから俺のほうでしまっておこう。もちろんキャロが得た分は遠慮なく好きに使っていいからな」
奴隷が手に入れたものは人のものという考えが当たり前のようにある世界で、アタルの言葉は異例なものだったが、二人の関係性を見て知っている冒険者は納得していた。もちろんキャロはアタルを心から信用しているため、躊躇う事なく笑顔で報酬の入った袋を手渡した。
「さて、次は冒険者アタル。こちらへ」
アタルがキャロが受け取った報酬をマジックバッグに収納し終えたのを確認すると、フラリアが名前を呼んだ。
呼びかけに応えてアタルが近くに行くと、キャロが受け取ったものと同じくらいの大きさの袋を手渡される。それを見た他の冒険者は不思議そうにひそひそと何かを話し合っている。
それはアタルの報酬が活躍に対して少ないのでは? という疑問を持ったためだった。
「ありがたくもらうよ」
当のアタルはこの評価を全く気にしておらず、こんなもんだろうと思っていた。後方から攻撃をしており、安全地帯にいたから妥当だという考えだった。
そのまま袋を持ってキャロの元へ戻ろうとしているアタルにフラリアは慌てた。
「いやいや、ちょっと待ってくれ! さすがにあれだけの数を倒した君にそれだけの報酬ということはない」
皆の前だというのもあってギルドマスターとして振る舞っているフラリアの口調は動揺したことで、初めて会ったた時のものに戻っていた。
「ん? いや、俺は危険な前線には出ていないから、こんなもんじゃないのか?」
呼び止められて振り返ったアタルは首を傾げているが、とんでもないとフラリアは大きく首を横に振る。
「それはない! もし、そんなことを活躍に含めたら遠距離攻撃をする弓使いや魔法使いの評価も低くなってしまう。君の攻撃方法は特殊で、他に類をみないものだけどしっかりと結果を残していた。しかし、金だけでそれを評価するのは難しかった……だから、君には別の報酬を用意してある」
フラリアの言葉に別の報酬とは一体なんなのかとみんなの興味がいっせいに集まる。
「それは、これだ!」
大切なものを持ってくるようにして運んで来た受付職員がカウンターの上に置いたのは、一見すると何の変哲もないカップだった。
「うん? 食器か?」
まじまじとそれを見ながらアタルが口にした言葉は、この場にいる冒険者みんなが思った言葉だった。どうしてそれが別の報酬といえるものなのか気になっているようだ。
「まあそうなんだが、それだけじゃない。こちらのカップは少量の魔力を込めるだけで、清浄な水を生み出す魔道具だ」
試しにとフラリアが魔力を込めると、何もなかったカップの中が説明のとおり綺麗な水で満たされていく。
「どうぞ?」
差し出されたそれをそっとアタルが受け取り、おもむろに口をつける。
「……美味い」
アタルののどを潤したそれは清浄な水ということだったが、完全にろ過されたというものではなく、まるで山の湧水を飲んでいるかのようだった。
「ふふ、この水をいつでもどこでも飲んだり使ったりできるのは便利だろう。他にもいくつか水を生み出す魔道具はあるんだが、それらではこれほどの綺麗な水を出すことはできない。これは私が冒険者時代に手に入れた逸品だが、君になら渡しても惜しくない」
思い出の品であり、レアな魔道具であるものをなんのてらいもなく渡す。これはフラリアがアタルに対して敬意を持っていることの表れだった。
余程自慢の品らしく、胸を張って穏やかな笑顔でいるフラリアにアタルもついつられて笑顔になる。
「なるほど、これは確かに便利だ。ありがとう」
フラリアのその気持ちを強く感じとったアタルは心から素直に出たお礼の言葉を彼に伝えた。
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