第五十五話
「くそっ!」
見た目以上に素早い攻撃にクラウスは新しい剣を用意し、それでサイクロプスの拳を防ごうとする。
「危ないですっ!」
しかし、横からキャロが突進してその行動を無理やりやめさせた。目の前の敵に集中していた彼は不意を撃たれながらも、突き飛ばされた先でうまく受け身をとる。
クラウスが立ってた場所にはサイクロプスの拳が地面に叩きつけられ、その瞬間、周囲にすさまじい揺れが襲いかかり、土煙が去ったそこに大きな穴があいている。
「あ、あんなの剣で受け止められないだろ……ありがとう、助かったよ」
最初はキャロに対して何をするのかと思っていたが、クラウスはサイクロプスの攻撃の結果を見て、背筋を冷たいものが走っていた。
「いえ、それよりもまだ危機は脱していません!」
お礼に対して首を振ったキャロは素早く立ち上がって、サイクロプスの挙動に対応できるよう姿勢を整える。
「そ、そうだな」
クラウスもそれに引っ張られるように慌てて立ち上がっていた。
「あ、あんなのがいるなんて……」
地面に開いた大きな穴とサイクロプスの巨体にフラリアは離れた位置で呆然と立ち尽くしていた。他の冒険者もサイクロプスがもつ攻撃の強さに絶望感を覚え、口をあけたまま呆然としている。ゴーレムでさえ、皆で戦ってようやく倒せた相手だというのに、さらにそれより強力な魔物となれば無理もないだろう。
しかし、そのうちの何人かは状況を把握して、このままではだめだと奮い立ち、自ら動き始めていた。
「おい、フラリア! 何人かが気合をいれて動き始めたぞ。頭のあんたが声をかけてやらないでどうするんだ!」
目を覚まさせるようにアタルは拳をフラリアの脇腹にぐっと押し付け、そう喝を入れた。
「はっ、そ、そうだった! みんな、慌てずに敵の動きを見ながら攻撃をするんだ! 相手はかなり強い、Aランク冒険者を中心に戦線を立て直せ!」
ギルドマスターの自分がしっかりしなければと気を取り直したフラリアの大きな声は呆然としていた冒険者たちの耳に届き、彼らが動き出すきっかけとなった。
「いいぞ」
もう一度戦う気力を取り戻して動き出した彼らを確認したアタルは自分も働かねばと相手の動きを見定めていく。まず確認するのは、冒険者の攻撃が有効かどうか。次に、サイクロプスの弱点はどこにあるのか。
以前の巨大ゴーレム戦で失敗した経験がアタルをより慎重かつ戦略的にさせた。
しかし見た目通り、サイクロプスは巨大ゴーレムよりも強固であり、冒険者たちの攻撃は当たってもダメージを与えているようには見えなかった。
前線を張るキャロやクラウスも攻撃を避けつつ、弱い関節部などを狙ってはいるが、それでもダメージと呼べるほどのものではなかった。クラウスの仲間である魔法使いたちが放つ魔法も効果は薄そうだった。
「これは硬すぎるな……武器による攻撃も駄目、魔法による攻撃も効果があるように見えないな」
苦い表情のアタルは冒険者側が完全に劣勢であることを感じ取っていた。だがここで諦めるわけには行かないのだ。何かないかと周囲を見渡していたアタルはあるものに目がとまった。
「んん、あれは……おいフラリア。あそこの髪の長い男、あいつが使っている斧が何かわかるか?」
フラリアに問いかけたアタルが指差した先には一人の冒険者がいた。彼が持つそれは刃先が魔法を帯びており、作りだけでもレアな装備だとわかる代物だった。
「あれはたぶん魔鉄鋼を使った武器だと思います。魔法の色を見る限り、恐らく熱の魔法が付与されているのでしょう」
刃先の色は白みがかった赤であり、それ以外の部分は青みがかった黒であるため、フラリアはそう判断する。
「なるほど……魔鉄鋼と熱魔法だな。どれか使えそうなやつは……」
何かを思いついたアタルは弾丸の一覧を手早く確認していく。
「な、何を?」
だがフラリアからすればその行動は、アタルが空中を見ながらぶつぶつ言っているようにしか見えなかった。きっと彼のことだから何か策があるのだろうが、一見すると怪しい行動をしているようだった。
「悪いがそれに答えるつもりはない。あんたは戦況を確認しながら指示を出していてくれ。……俺は、俺ができることやる」
きっぱりとそう返事をして、続きを確認していく。ここまで多くの魔物を倒したため、ポイントも購入可能な弾丸の種類も増えてきている。きっとこの状況を打開できる魔弾があると探す手を止めることはない。
「……これならいけるか。あれはできるか? ……できる、いけるな。キャロ!」
アタルは現状を打破できそうな弾丸を見つけるとそれを作成し、装填するとキャロを探す。
離れた位置にいるアタルの声は通常であれば、戦っている音にかき消されるが、元より耳の良いキャロの耳にはしっかりと届いていた。
「ここは頼みますねっ」
呼び出されたことでキャロは他の冒険者に声をかけると、戦線を離脱してアタルのもとへと急いで戻って行った。
「お呼びですか、アタル様っ!」
瞬時に駆け付けたのにもかかわらず、息ひとつ乱さずにキャロはアタルのもとへ参上した。アタルの言葉を一言も聞き漏らさないように神経を集中させる。
「あぁ、キャロ。あいつの腹の左側のほうを見てくれ、傷がついているのがわかるか?」
アタルに指摘された場所をキャロは確認する。彼女もアタル同様、かなり視力がよく、離れたここからでもそれを視認することができた。
「あ、ありました! でも、あの程度の傷では……」
アタルの言う通りそこには小さな傷ができていた。だが雀の涙程度では積み重なったとしてもたかが知れているのではないかとキャロは考えている。
「あぁ、あれをつけたのはあの斧の男だ。本人すら気付いていないみたいだがな。今のままならあの武器でもあれくらいの傷しかつけられないかもしれない。だが、あの斧で傷をつけられると理解したうえで、攻撃するのが俺だったらどうだ?」
それは俺を信じられるか? というアタルからの問いかけであった。アタルの真剣な眼差しを受けたキャロは自分の身体を治療してくれた時のことを思い出した。あの時から自分はこの人を心から信じると決めたのだと。
「わかりましたっ。では私は何をすれば良いでしょうか?」
もちろんキャロの答えはイエスであるため、すぐにアタルの指示をあおぐ。
「キャロにはあの傷がついている部分の射線上に他の冒険者が入らないようにしてもらいたい。……できるか?」
他の冒険者の動きを制御する。それだけ聞くと不可能に近い指示であったが、キャロは迷いなく頷く。彼が言うのなら精一杯やるだけだとキャロは力強く微笑む。
「承知しましたっ。それでは!」
さっそく命令を実行するためにキャロは戦線に戻って行く。
サイクロプスとの戦いでは、Aランク冒険者以外は足手まといになってしまうため、距離をとって相手に隙ができるの待っていた。
つまり、キャロが誘導する必要があるのは数少ないAランク冒険者だけである。
そして彼らは洞窟までの道中とゴーレムとの戦いと、ここまでキャロとアタルの戦いを見ており、彼らの実力を認めていた。
ゆえにキャロとアタルの指示を信じて、彼女の合図通り射線をあけるように動いていく。
「ん? 一体何をしようというんだい?」
その動きを見たサイクロプスの主は疑問に思い、目を細めて冒険者の動向を見ている。
「……いまだ」
視界が開けたアタルはがら空きになった傷へと向かって弾丸を放つ。鋭く放たれた弾丸は狙い通りに着弾すると、回転してその傷を広げていく。この弾はジャイロバレットというもので、回転により貫通力を高める弾だった。
更にこの弾丸の弾頭には魔鉄鋼が使われており、予想通りサイクロプスの装甲に傷をつけた。
「それの効果はまだあるぞ」
だがそれにとどまることなく、熱魔法が効果として込められた弾は接している部分から徐々にドロドロと装甲を溶かしていた。
「な、なんだと!?」
未だ弾はその身を貫こうと回転を続け、ひたすらに熱を放ち続けている。それを見た男はローブを揺らしながら慌てた。装甲には自信があったサイクロプス、それが見たことのない武器の一撃によって破られようとしていたからだった。
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