第四十四話
ガイゼルから馬車を借り受けたアタルとキャロは途中で野宿をして、翌昼前には山に到着していた。
「さて、他のパーティはどうなったのやら」
アタルたちはさほど急がずに山へと来たが、他の競合しているパーティはアタルたちよりも先に山に向かったと聞いていた。辺りを見回すもそれらしきパーティが見当たらないことから、もうすでに中に入っているのかもしれないとアタルは思った。
そのまま急ぐことなくゴーレムがいる洞窟の近くまで馬車で向かうと、洞窟の入り口の横で壁にもたれかかっている男性がいた。
それに気づくとアタルは馬車を降りて少し足早に駆け寄る。キャロも馬車を少し急がせてその後を追いかける。
「おい、あんた。大丈夫か?」
アタルが軽く肩を叩きながら声をかけると、彼はゆっくりと目をあけて絞りだすように返事をする。
「あ、あぁ、あんたは依頼を最初に受けようとしていた人か……わるかったな、うちのリーダーたちがちょっかいかけたせいでこんなことになって……」
苦しげに表情をゆがめながら申し訳なさそうにしている男性はどうやら怪我をしているようで、額から血が流れている。そして出血のせいで意識がぼんやりとしながらも、アタルへの謝罪を口にしていた。おそらくリーダーと呼ばれた男に普段から振り回されているのかもしれない。
「気にするな、いい依頼があれば受けたいと思うのが冒険者だからな。……とりあえず、このままだと死んでしまう、か……」
アタルへの謝罪を終えると再び彼は目を閉じた。心なしか最初よりも呼吸が荒くなってきていて、この状態ではアタルの声が聞こえているかも怪しかった。
「……だったら、これを」
ぐったりとしている男性に向け、アタルは銃を構えてすぐさま治癒弾を放つ。辺りには銃声が響き、男性を柔らかな光が包み込む。
「……ん? あれ、俺、怪我してたはずじゃ」
光が落ち着いたころには男の怪我は治り、荒かった呼吸も落ち着いていた。このまま死ぬことさえ覚悟していた男は、どこを触っても痛みのない身体に驚いている。
「治ったみたいでよかった。それで状況を聞きたいんだが、話してもらえるか?」
「あんたが治してくれたのか……ありがとう!」
治った喜びとどうして回復したのかという困惑に襲われている男をアタルは淡々とした表情で見ていた。彼が男を治療したのは情報がほしかっただけなのだ。
だが男にとって彼は救いの主であるため、感激に浸りながら感謝の言葉が口をついて出た。
「まあ、これくらい気にしないでくれていい。それよりも他のやつらはどうしたのかとか、中で何があったのかとか、そのあたりを話してくれると助かる」
アタルが謙遜しているように見えた男性は二つ返事でアタルの言葉に頷く。
「もちろんだ……俺たちはさっきも言ったかもしれないが、あんたが依頼を受ける時に文句を言いだした男がリーダーのパーティだ。俺たちは依頼を受けると真っ先にこの洞窟に向かった。ここについたのは夜だったが、他のパーティに先んじるために夜中に洞窟に入ったんだ」
野外と違って洞窟の中は昼でも暗いため、夜でも関係ないとリーダーが強行したのだ。その時のことを思い出したのか、男の表情は困ったような雰囲気があった。
「それは、まあなんというか……なかなか強引だな」
「そのとおりだ。元々うちのパーティのリーダーはそういうやつなんだ。いつもはそれでうまくいってたんだけどな……」
男はそこまで言うと沈痛な面持ちになる。強引なリーダーに困ることも多かったが、上手くいっていた部分のおかげでそれでも嫌になることはなかったのだろう。
「それであんたしかいないってことは、みんな?」
アタルの質問に肩を落としながら暗い表情で男は頷く。
「うちのパーティはもちろん、それを追いかけてきた他のパーティも同じようにやられてしまった。正直なところ、俺がなぜここまで逃げてこられたのかもよくわかってないくらいだ」
全てのパーティがほぼ全滅ということにアタルとキャロは驚いた。男はきっと無我夢中で逃げることに全力を注いだおかげで生き残れたのだろう。
「なぜそこまでのことになったんだ? みんなそれなりに力のあるやつらだったんだろ?」
「あぁ、普通だったらこんなことにはならなかったと思うんだが、ゴーレムの数が異常に多かった。一パーティあたり、一体ずつなら問題なく戦えていたんだが、今回は明らかにそれを上回っていた。この洞窟にはゴーレムが出るという話は今までもあったが、ここまで多いのはちょっと普通じゃないな」
その風景を思い出したのか、ぶるりと恐怖に体を震わせたあと男はうなだれ、首を横に振っていた。
「なるほど。何か原因があるのか、ただの異常発生なのか……中に入ればわかるか。よし、キャロ行くぞ、馬車はここに置いていくか」
自分の聞きたかった情報は聞けたと判断したアタルは手際よく借り物の馬車を近くあった木へとつないでいく。キャロも感謝の気持ちをこめて馬を一撫でしたあと、改めて装備などを確認している。
「あ、あんたたち……さっきの話を聞いて、それでも行くのか?」
男は自分の話を聞いたのにもかかわらず、あっさりと中に入ることを決めたアタルに驚いている。
「あぁ、依頼を受けたからには達成しないとな。あの魔道具作りの親子とも約束したから、ゴーレムが多かったから無理でした……なんて言えないだろ」
あっけらかんと頷いて見せたアタル。その隣にいたキャロも笑顔で大きく頷いている。それは冒険者としてのアタルの決意と、なんとかなるだろうという楽観的な気持ちも含まれていた。
「アタル様なら大丈夫ですよ! 私もいますからっ」
ぐっと力強く頷いて見せたキャロは細い腕で力こぶを作っていた。その動きに合わせてぷるんと大きな胸が揺れる。
「あぁ、頼りにしてるぞ」
そんな彼女の頭にポンと手を置いたアタルのそれは冗談ではなく、本心だった。
「そ、それじゃあ、治療してもらったお礼に俺は馬車の番をしていよう。もちろん誰にも指一本触れさせない」
男は二人を見て、彼らならやりとげるかもしれない、と感じていた。ならばせめてもの礼に自分ができることをしようと馬の番を買って出た。
「おぉ、悪いな。その馬車は借り物だから、見張りをしてくれると助かるよ。……それじゃあ、俺たちは行ってくる」
ひらひらと手を振ったアタルとぺこりと一礼したキャロが洞窟に入って行く背中を、男は手を振りながら見送る。
「無事、帰ってきてくれ……」
馬の近くで二人の背が見えなくなるまで見ていた男のつぶやきはとても切実な願いだった。
「確か奥のほうにゴーレムがいるんだったよな?」
「はいっ……そう書いてありました」
二人はそう話しながらも、信じられないといった様子でごしごしと目をこすりながら、何度も目の前の光景を見直している。
「じゃあ、こいつらは……」
「ゴーレム、ですね」
こいつら、という言葉のとおり、二人の目の前には三体のゴーレムがいた。そしてじっとしていたそれらは二人の声に反応してぐるりとそろって視線を向ける。
「気付いたみたいだな。キャロやるぞ!」
その声を合図にアタルは銃を構え、キャロはショートソードと短剣を構える。
先手を打とうとキャロは素早く駆け出してゴーレムへと向かい、その後方でアタルは銃を構えながらも目に力を集中させるよう意識する。少しずつ力が集まってくると、青い目がうっすら光り輝いていた。
前方ではキャロが動き回って三体のゴーレムの注意を引きつける。
そんな彼女の動きは素早く、大きな体を持つのろまなゴーレムではその動きを捉えることができなかった。ゴーレムは闇雲に腕を振るっては空振りに終わっている。
一方でアタルはというと、下手に無駄弾を撃ってしまうとこちらに注意を引きつけてしまうため、いつもよりも集中力を高めていた。
青く輝くアタルの魔眼が彼の意識に促され、一気に起動していく。
この眼は魔力の流れを見ることができる力がある。それゆえに核から繋がっている魔力の管をアタルは視認することができたのだ。
「……まだ、まだだ」
だがそれでもアタルはタイミングを計りながら、そう呟き自分を抑える。三体も相手にする以上、一撃必殺を狙っていたのだ。
じっと待っているアタルのために奮闘しているキャロが次の瞬間、ゴーレムの腕を強くはじきあげる。よろめいたその時、視界がより鮮明になったようにアタルは感じた。
「いまだ」
その瞬間、アタルの目には核と、それから出ている魔力の管がはっきりと映っていた。
そして時が満ちたと鋭く引き金を引いて弾丸を放つと、その弾は狙い通り管を撃ち抜き、一体のゴーレムがぴたりと動きをとめる。
これでゴーレムを確実に仕留められるとアタルとキャロは確信した。
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