第三十九話
アタルとカイルが話しているのをキャロは嬉しそうに見ていた。自分の主人である彼を尊敬する者が増えるのは彼女としても嬉しいことなのだ。
そうしているとガイゼルが宿から馬車を伴って戻って来た。その馬車は金に困ってるとは思えないくらいに立派なものだった。もちろん貴族のそれとしては装飾などがない分見劣りするが、普通に旅をするには十分だといえた。
「ほう、悪くないな。これならいい旅ができそうだな」
意外だという表情で馬車を見ているアタルの言葉に、ガイゼルもカイルも笑顔になる。
「これは私が若い頃に購入したもので、ずっと手入れをしながら大事に使っているのです。馬車を引く馬のユースタスはカイルが物心ついたころから一緒にいるので、私たちの家族みたいなものです」
どこか誇らしそうにガイゼルが語る。ユースタスと呼ばれた馬も駆け寄って来たカイルに撫でられて嬉しそうにしているところをみると、本当に互いを大切にしているのだろうと分かった。
「なるほどな、馬の表情も良さそうなのはそういうところが関係しているのかもしれないな……さて、それじゃあ早速向かうか」
家族同然の存在を褒められて嬉しそうにガイゼルは頷いて御者台に乗り、スキンシップを終えたカイルも馬車の中へと入る。
「お二人もどうぞ、乗って下さい」
自然な流れで御者台からガイゼルが声をかけたが、その誘いを二人は断った。
「俺たちは護衛だから、有事に備えて馬車の外にいることにするよ。疲れてきたら交代で乗せてもらうことにしよう」
客としてならまだしも、今回は護衛依頼のためにいるのだからというアタルの言葉にキャロも大きく頷く。
「そ、そうですか。何か申し訳ないような気がしてしまいますね……」
貴族であり、依頼主である者の言葉ではないが、それはガイゼルの人柄を表していた。
「ぼ、僕も歩きます! 少しでも体力をつけないと」
乗っていた馬車から慌てたように飛び出してきたカイルは荷物を持たずにやる気を見せて息巻いていた。先程アタルに言われた言葉は彼の胸に強く焼き付いており、ただ漫然と馬車に乗っているのではなく、少しでも何かに繋がればと考えての言葉だった。
「そうか? まあ、最初から飛ばしても身体を痛めるだけだから無理はするなよ。疲れが出たら馬車に乗ればいい。何事もコツコツとだ」
アタルの言葉はカイルにとって自分のことを思いやっているものだとつたわってくるため、彼は素直に頷いた。
「それじゃあガイゼルさん。出発しよう、俺が後方に位置して前方はキャロが確認する。カイルは……無理しない程度に頑張れ」
「はい!」
元気よく頷いたカイルはその返事の後ろに師匠とでもつきそうな眼差しをしていた。
「あのカイルが……」
そんな息子のやりとりをガイゼルは感慨深い眼差しで見ていたが、すぐに前を向いて手綱をとった。
道中、魔物に数度襲われるものの、キャロがすぐに気づいて倒していくため、馬車への被害はゼロだった。そして、キャロ以外は気付いていなかったが、遠距離の魔物を密かにアタルが始末している。
また、カイルも自分から言い出しただけあり、汗を浮かべながらも音をあげることなく頑張っていた。
夜には街道から少し外れた場所で野営をし、カイルの希望でアタルとキャロが交代で剣の訓練を担当する。本人も自覚しているが、どうもカイルは身体の使い方があまりうまくなかった。もっとわかりやすい言い方をすると運動音痴だった。
しかし彼はここでも音をあげず、必死に訓練を続ける。目標を見つけたことで少しの苦難をものともせず、何度も訓練を再開していた。
そんな息子の姿を少し離れたところで見ていたガイゼルは微笑ましく思っていた。
小さい頃から部屋に閉じこもって本ばかり読んでいたため、少々頭でっかちになってしまい、歳の近い子供ともそりが合わないようだった。
そのことがより一層自分の殻に閉じこもることを助長していたが、アタルたちに修行をつけてもらっているカイルからはそんな様子を微塵も感じさせなかった。息子の成長にうっすら涙を浮かべるほど感動したガイゼルは、本当に彼らに依頼して良かったと心から思っていた。
そんなことが数日続き、ガイゼルたちの街へと辿り着く。
「ここがガイゼルたちが住んでいる街か。まあ、なんとか無事に送り届けることができてよかったよ」
街の入り口でアタルが馬車を降りたガイゼルとその隣で感極まっているカイルに声をかける。
「うぅ、師匠、先生……」
今にも泣き出しそうなカイルはここまでくると、アタルのことを師匠、キャロのことを先生と呼んでいた。この旅は彼にとって大きな転機となるものだったようだ。
「カイル泣くな。俺たちが教えたことを反復練習して自分のものにできるようになったら、そこそこ戦えるはずだ。ただ……せっかく身に着けた力でむやみに暴力を振るうんじゃないぞ。その力は自分や家族や大事な人を守るために使うんだ、いいな」
ぽんと頭に手をやって真剣に告げる師匠と仰ぐアタルの言葉に涙を浮かべながらカイルは何度も頷く。
カイルはこれを最後の師からの言葉と思い、一言一句聞き漏らすまいとこぼれそうになった涙をぐしぐしと袖で拭うと、顔をしっかりとあげている。
「カイルさん、がんばって下さい。戦うためだけではなく、身体を鍛えるのは心を鍛えることにもつながりますから」
つられて泣きそうになりながらそれをこらえつつ、キャロも先生と呼ばれたからにはと、優しく言葉をかける。
「はい!」
旅の中で、カイルは奴隷であるキャロのことも立場の貴賤なく師事を受けていた。最初のうちキャロは様づけでカイルのことを呼んでいたが、彼の希望で様はやめることになった。真剣なカイルの態度に心打たれた彼女がちゃんと向き合った結果だろう。
「アタルさん、キャロさん、ここまでありがとうございました。護衛依頼のはずが息子の稽古までつけていただき、なんとお礼を言ったものか……そうそう、これが報酬になります。あとは、依頼完了の署名を……これで完了です。本当にありがとうございました」
アタルが差し出した用紙にガイゼルが完了の署名をして、依頼完遂となる。感謝の気持ちを込めて何度も何度も頭を下げているガイゼルのとなりでカイルも深く頭を下げた。
「それでは、何かあればうちにお寄り下さい。街でガイゼルの家と聞けばわかりますので」
「師匠、先生! 僕、がんばります!」
馬車へ戻った二人は手を振って、ゆっくりと家へと向かって行った。
「さて、初の護衛依頼完了となったわけだが、どうだ?」
二人の馬車が見えなくなるくらいまで見送ったあと、そう聞いて来たアタルにキャロは少し考え込んでから彼を見上げて微笑んだ。
「うーん、そうですね……あまり強い魔物が出なかったこともあって、依頼としての難易度はそれほど高くなかったと思います。でもカイルさんに色々と教えることで、自分自身を見直すこともできたのでそれはとてもいい経験だったと思います」
実際、魔物に襲われたのも数回であり、特に苦戦もなかった。それ故に二人の中では護衛依頼というよりも、カイルへの稽古という意識が強かった。だがそれも真面目で一生懸命なカイルの態度のおかげで、面倒だと思うことはなかった。
「まあ、なんにせよ無事に終わってよかった。この街にも冒険者ギルドがあるだろうから、報告に行こう。それが終わったら街の散策をして、また次にどうするか考えようか」
数日かけて来た街からすぐ戻るというのは少しもったいない気持ちがあったため、街の散策を提案する。行ったことのない街というのは興味を惹かれるものがあったようだ。
「そうですね……お店にいた頃にはこんな遠くまで来ることなんて考えられなかったです」
お店というのは奴隷商のところのことだったが、街を眩しそうに目を細めて夢心地で息をつく彼女は、冒険者としてアタルと共にいることに心から喜びを感じていた。
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