第三十七話
辛辣な発言をした眼鏡をかけた子供はアタルとキャロを胡散臭そうに見ている。年齢はおそらく十歳に満たないくらいだと思われた。
「こ、こら。失礼なことを言うんじゃない! この方たちが断ったら、他に受けてくれる人がいないかもしれないんだぞ! ……申し訳ありません、この子は私の息子でカイルというのですが、甘やかしてしまったせいかどうも少々生意気でして」
必死に取り繕うガイゼルもどうやらアタルたちのことを信じているというわけではなく、ただ単にあとがないというだけだった。
「あー、一応俺はBランクで、こっちのキャロはDランクの冒険者だ。まだなってから日が浅いが、それなりに戦えるとは思う」
本当に大丈夫なの? というカイルの質問に頭をかきながらアタルが答えた。隣にいるキャロはガイゼルの話を聞いて少し不安を抱いていた。
「日が浅い?」
どうやらカイルは話を聞いてそこに引っかかったようだった。不信感を隠そうともせずに眉をひそめた。
「まあな、冒険者になってから数日といったところか。キャロも同じだ」
だがあっけらかんとしたアタルの答えにカイルは驚く。
「えっ? 数日前に登録して、BランクとDランクですか?」
常識的に考えてありえないランクだったため、カイルは更に訝しんだ表情になる。一応敬語を使えているのは貴族の息子として育てられたために自然と身についたのだろう。
「まあ、信じられないのも無理はないか……この間、街が魔物に襲われたのは知っているか?」
当然だとガイゼルたちは頷く。ちょうど宿に泊まった時に遭遇したため、面倒な時に来たものだと思っていたが、気づけばギルドの迅速な対応と冒険者の活躍によって解決したという話で持ちきりだった。
「その時に俺とキャロはそこそこ活躍してな、それが評価されてランクが上がったんだ」
特に自慢するような口ぶりでないアタルの話を聞いても、カイルの表情は優れなかった。
「……にわかには信じがたいです。確かに街が襲われたという話は聞いていますが、あなたがた二人がそれだけの活躍をできたというのは」
そこそこ、という言葉をそのままの意味で捉えたカイルはあくまで二人の実力を疑ってかかっていた。
「だったら、どうすれば信じてもらえるんだ?」
カイルに疑われようとアタルは別段彼の言葉に苛立ちは感じておらず、納得してもらうためにどうしたものかと考えていた。
「……魔物を倒すところが見たいです」
「わかった」
あっさりとアタルが即答したことに、きょとんとカイルは目を丸くして驚いていた。今までの冒険者だったらここまでいうと大抵怒り出し、生意気だなんだと怒鳴られてしまうことが普通だったからだ。
「えっ?」
「いや、魔物を倒せばいいんだろ? だったら、さっさと行こう。それを見て俺たちの実力を計って、納得したら依頼するんだろ? もし、納得しなければギルドに一緒に行って取り消せばいいさ。それでいいか、ガイゼルさん」
まさかの展開にカイルが驚いている間にどんどんアタルは話を進めていく。魔物を倒すところを見せるだけで納得してもらえるなら楽でいいと思っていたのだ。
「い、いえ、私としてはあなたたちに頼みたいのですが……息子のわがままにお二人を付き合わせるわけにも……」
冷や汗を浮かべておろおろとしているガイゼルは息子の暴挙にどうしたものかとうろたえていた。
「うーん、だったらこう考えてほしい。俺とキャロは確かに冒険者になって日が浅い。それは護衛依頼をするのが初めてだということも意味する。それだと安心して俺たちに命を預けられないはずだ」
「いや、まあ、その、それはそうなんですが……」
アタルの言葉を聞いてカイルはそうだそうだと何度も頷き、素直に肯定することに気が引けたガイゼルは曖昧に返事をする。
「だったら、その不安を払拭するためにも俺たちの実力を知っておいて損はないと思う。納得できなければ、俺らが仲介して他の冒険者に掛け合ってそいつらに依頼を受けてもらってもいい」
「のった!」
アタルの提案に元気よく返事をしたのはカイルだった。自分たちに不利な条件がなく、むしろ魔物と戦っている様子が見れることに興奮しているのか、カイルは最初の不機嫌そうな顔を一変させ、笑顔を見せていた。
「こ、これ、カイル!」
「ガイゼル様、お気になさらず。カイル様も我々の戦いを見て頂ければお考えが変わると思います」
慌てて叱ろうとするガイゼルに貴族相手ということでキャロは敬語で話をする。柔らかな笑顔を浮かべながら安心させるように胸に手をやっていた。
「そ、そうですか?」
「はい! 我々を信じて下さいっ」
キャロの自信満々の笑顔を見て、ガイゼルは困惑しながらもそういうものなのかと納得することにした。
「それじゃあ、二人とも街の外に行こう」
話がまとまったところで、アタルの提案を受けた一向は街の外に魔物退治に向かった。
街の外
「手頃な魔物がいればいいんだが……」
ガイゼルたちを背に守りながらアタルはあたりを見回して歩いていくが、そう都合よくいかず、魔物がなかなか見つからずにいた。
「ね、ねえ……まだなの?」
すたすたと歩き続けるアタルたちにカイルの子供の足ではついて行くのが大変であり、元々体力があるほうではない彼はじっとりと額に汗を浮かべ、息を乱しながら質問する。このまま放っておくと機嫌を損ね、また色々と言われてしまいそうな雰囲気を出していた。
「んー、どうしたものか」
「アタル様、右前方に何かいます」
それを感じながら行く手に目を凝らしていたアタルに真剣な表情のキャロが声をかけた。気配察知能力はアタルよりもキャロのほうが高く、彼女が指し示す方向をアタルがスコープ越しに見ると、そこには確かに魔物がいた。
「さて、どうする? 俺がこれで倒してもいいが、それだと実力がわかりづらいか……キャロ、いけるか?」
「はいっ、大丈夫です」
にっこりと笑顔で答えたキャロは腰に身に着けていたショートソードを一本だけ抜き、準備を完了させた。
「じゃあ、俺がわざと外してこっちに注意を向けるからそれを倒してくれ」
「了解ですっ」
キャロはアタルの指示に対して躊躇うことなく即座に返事を返した。
「ガイゼルさんとカイルは少し下がって見ていてくれ。音に反応して他の魔物も来るかもしれないからな」
手を振ってアタルがそう言うと、ごくりと唾を飲んで二人が少し後ろに下がった。
「キャロ、いくぞ」
それが開始の合図であり、次の瞬間、アタルが魔物たちの足元に銃弾を撃ち込んで注意を引きつける。
攻撃に気づいた魔物たちは辺りを見回してアタルに気付くとすぐさま襲いかかろうとこちらへ勢いよく走ってきた。向かってくる魔物はゴブリン二体とウルフ一体だった。
「キャロ、頼んだぞ」
「はい!」
自分の役目は終わったとアタルは銃の構えを解いた。武器の構えを解いたことにガイゼル親子は悠然と立つアタルを見て本当に大丈夫なのかと困惑する。だがアタルの声掛けに元気よく返事をしたキャロを見ると、彼女は素早く駆け出し、攻撃しようと飛びかかってくる魔物と対峙するところだった。
「あぶない!」
思わずカイルは声を出すが、一方のキャロは冷静に相手の動きを見ていた。いつもの明るい表情ではなく、研ぎ澄まされた雰囲気を身に纏っている彼女にカイルは息を飲んだ。
その時、ゴブリン二匹が持っていたナイフでキャロを攻撃しようと振りかぶる。
「あなたたちは、あとです」
ひらりとその攻撃を横に移動して避けると、彼女は後方にいたウルフにショートソードを振り下ろす。
獣人であるキャロよりも、ウルフである自分のほうが動きが速い。そう考えていたウルフだったが、キャロの動きはウルフの想像の範疇を超えており、ウルフが横を向こうとした時にはその身を一刀両断にされていた。鳴き声をあげる暇もなく、血しぶきをあげたウルフは地に伏せた。
「次!」
ウルフがやられたことに慌ててゴブリンたちが振り向こうとするが、顔が後ろを向いた時には既に胴に攻撃を受けていた。続けざまに斬り伏せられたゴブリンたちは何が起こったのか混乱したまま、痛みに苦しみ、傷口から流れ出す血の量に自分たちの終わりを感じ取っていた。
「ふう、これで終わりですね」
「まだだ」
目の前の標的が倒れたことでキャロが息をつこうとした。だがまだ片方のゴブリンが死の間際に反撃しようと動いていることに気付いていたアタルがいつの間にか銃を構えており、瞬時に額へ一発決めて止めをさした。
「今度こそ終わりだな」
「あ、あの、アタル様! 申し訳ありませんでした!」
それに気づいたキャロは油断し、倒したかどうかを確認しなかったことを慌てて謝罪するが、気にするなとアタルは彼女の頭を撫でた。何より自分たちはまだ経験が浅いのだから、同じ間違いをおかさないように今後この経験を活かせばいいと思っていた。
「キャロが無事ならいいんだ。……それより、これで納得してもらえたか?」
振り返ったアタルの問いに、近くに来ていたガイゼルとカイルは驚いた表情で何度も頷いていた。
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