第三百六十一話
「あたってたまるかよっと」
一瞬驚いたものの、アタルはすぐに冷静さを取り戻して、後方に飛んでアラクランとの距離をとりながら弾丸を放つ。
「ふん、その程度の攻撃など効かんわ!」
アラクランの言葉のとおり、彼の身体はさらに強い魔力に覆われ、先ほどの弾でも効果をなさずに弾かれてしまう。
「それくらいわかっているさ」
纏う魔力が多くなったことでそれくらいは想定済みだったアタルが選択したのは爆発の魔法弾。
アタルが距離を稼ぐ際によく使う弾丸であり、今回もアラクランとアタルの間で爆発させることでアタルを大きく後方に吹き飛ばしていく。
「ちっ、目くらましか」
さすがに爆風を押しのけて進むことはできず、悔しげに歯噛みしているアラクランの足が止まってしまう。
「少しだけ肝を冷やしたが、俺の勝ちだな」
これによって、アタルはアラクランの攻撃を受けることなく自分の距離に持っていくことができていた。
「なんだと? 一発攻撃を防いだところで、俺にお前の攻撃が効かないのは変わらないんだぞ……っ!?」
そこまで言ったところで、アラクランは周囲を慌てたように見回している。
「ど、どこだ!」
吹き飛んだであろう方向にアタルの姿がなかった。
それだけでなく、アラクランが置いたはずの妖精入りの鳥かごまでなくなっていた。
「はっ、悪いな。俺の目的はお前を倒すことじゃない。これを取り返すことなんでな」
嘲笑うようにそう言うアタルの姿は見えず、彼の声だけがアラクランに届いていた。
「くそっ、なんだこれは! いつのまにこんな煙が!」
気づいた時にはすでに遅く、誰もいなくなった室内には、アタルがいつの間にか打ち出していた煙の魔法弾が部屋の中を埋め尽くしており、視界が塞がれていく。
「外だな!」
この部屋の出入り口は一つだけ。それを思い出したアラクランは慌てて部屋を飛び出していく。
アタルの姿を見失ってからそれほど時間は経過していないため、姿、もしくは足音が聞こえればそれを追えばいい。
普通に考えれば、獣人のアラクランのほうが身体能力が高いため、追いつくことは造作もないとの判断である。
「い、いない!?」
しかし、そこには姿はおろか、足音も気配すら感じさせなかった。
隠し部屋は場所さえわかれば一方通行であり、通路も長くない。
時間もそんなに経っていないいま、アタルがいないのは明らかにおかしい。
困惑してアラクランは周りを何度も見回す。
その瞬間、ドゴンと大きな音が先ほどの部屋から聞こえてくる。
「なんだと!?」
アラクランが慌てて部屋に戻ると、壁に大きな穴が開いていた。
「くそっ!」
舌打ち交じりのアラクランは、それを見てアタルがなにをしたのか全て理解する。
煙幕を張ったのは、部屋から外に出たと思わせるため。
そして、アラクランが部屋から出たすきに外へと繋がる穴を開けて逃げだしたのだ。
「逃がすか!」
アラクランはアタルが開けた穴から、彼を追いかけて急いで飛び出していった。
アラクランの気配が遠くにいってから少しして、部屋の煙幕は収まって静かな空間へと戻っていた。
「……ふう、なんとかなったな」
アタルの姿はまだ部屋の中にあった。
ギガイアから報酬としてもらった気配を消すマントを鳥かごを抱いてかぶっていたのだ。
凝視されると見つかってしまうものだが、煙幕に隠れてられたのと、壁の穴に視線が集中したのが功を奏した。
「さて、通路を戻るとしよう」
そして、もときた道を戻っていった。
アラクランの予想は途中まで正解だったが、アタルは役者が一枚上だった。
アタルの策に気づかなかったアラクランはそのまま外にアタルを探しに行き、悠々とアタルは建物内部を通って外に出ていく。
こうして、アタルは見つかることなく無事に外に出ることに成功した。
「あ、アタル様!」
「あぁ、キャロも無事だったか。助けて来たぞ」
そんな彼を発見したキャロが心配そうな表情で急いで駆け寄ってくる。
鳥かごは途中で捨てて、中にいた妖精はアタルのフードの中に隠れていた。
助けてくれたアタルのことを信頼しているようで、静かにおとなしくついて来てくれている。
フードの中からチラリと顔を見せてキャロにぺこりと頭を下げる。
「とにかく、ここにいたら色々と面倒ごとに巻き込まれそうだから落ち着ける場所に移動しよう」
妖精は今回のオークションの目玉だったため、さすがにここで見られては大騒ぎになってしまう。
救出は成功したため、ここに長居する意味はない。
「はい! お父さんは先にバル君が連れていってくれています。もしかしたら暴れるかもしれないので、イフリアさんが監視してくれています」
それに対してキャロは返事と、状況報告を同時に行っていく。
「なるほど、抜け目ないな。俺たちはとりあえず馬車で戻るとしよう。今なら他のやつらと一緒に抜け出せるはずだ」
細かいところまで指示しなくても適切な行動を選択してくれる彼女に心地よさを感じながら、アタルはふっと笑う。
そして騒動の中で監視が甘くなっている館から問題なく脱出したのだった。
「――で、これはどういうことなんだ?」
部屋に入ったアタルは訝しげな顔で開口一番、バルキアスとイフリアに質問を投げかける。
『えっと、この人が暴れるから……』
『うむ、二人で取り押さえたというわけだ』
困った様子で歯切れ悪く答える二人は、部屋の中央でキャロの父の上に乗っていた。
バルキアスはそのままのサイズで、イフリアは少し大きめのサイズくらいで。
「く、苦しい……」
暴れていた自身に問題があるとはいえ、大きな体の二人にのしかかられている彼の表情は苦しげだった。
元々体の大きい大精霊のイフリアは重量がある。
フェンリルのバルキアスにしても成長してきているため、だいぶ重くなっていた。
その二人が乗っているともなれば、さすがに獣人の戦士である彼でも重さに呼吸が苦しくなってしまうのは当然のことだった。
「はあ、二人ともどいてやってくれ。ちなみにイフリアは窓のところに、バルは入り口に待機だ。なにかをしても外には出られないようにな……。――で、初めまして? キャロの父さん」
縛られたウサギ獣人の男をアタルが見下ろすという構図になっており、二人の視線は強くぶつかりあっていた……。
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