第三百五十六話
アタルがキャロ希望の腕輪を落札したあとも順調にオークションは続いていく。
そして、いよいよアタルが希望している魔道具の銀のカップの順番となった。
「……いよいよですねっ」
キャロが小さな声で話しかける。
周囲の競争相手に悟られてはいけないという判断である。
「あぁ、さていくらで落札できるやら……」
落札できなくても問題はない、が考えれば考えるほど便利なアイテムであるため、是非手に入れたいという気持ちが強くなってきている。
「さあ、次はこれです。魔力を流すことで水が生み出される魔道具です!」
司会者の男性は、水『など』という部分を漏らして説明してしまう。
その説明を聞いたアタルは内心笑みを浮かべていた。
(お、これは俺にとっては追い風だな……)
「それでは、開始金額一万からスタートしましょう」
「二万!」
これはアタルの入札である。
しかし、これに続くものはいない。
既に前半オークションは終盤であり、さほど価値を見いだせないアイテムに金を使うのは避けたいのが大方の心境だ。
「いませんか? 百二十番の方の二万で決まってしまいますよ? よろしいですね……それでは、銀のカップ。二万で落札となります!」
これで、アタルたちは希望の品を全て手に入れられたこととなる。
だが、あまりにもあっさりと落札できたため、意気込んでいたアタルは拍子抜けを喰らっていた。
「なんだろ、安く手に入ってラッキーなんだけど、そこはかとないガッカリ感……」
「ふふっ、確かにあっさり過ぎましたね……」
口元に手を当て、苦笑するキャロも同様のことを感じていた。
腕輪の価格が百万とかなり高騰したため、それに近い競争を覚悟していた。
それこそ期待していたといっても過言ではないくらいである。
勝てるか勝てないかという、あの接戦がオークションにおいて、気持ちを高めてくれる……。
それが全くなかったための反応だった。
「……まあ、切り替えよう。もう少しで前半が終わる。俺たちは入金して品物を手に入れたら、いよいよ後半に向けて動いていこう」
「はいっ」
キャロの表情も引き締まる。
二人にとって前半のオークションはおまけ程度のものであり、本番は奴隷オークションのほうになる。
暴れるのか、落札するのか、はたまた別の誰かが事件を起こすのか――なにがおきても対応できるように準備をしておかなければならない。
そんな強い思いが二人の気持ちをピリッとさせていた。
その後もオークションは滞りなく進んでいき、アタルたちも終了後支払いとともに品物を手に入れていた。
この段階で一部の参加者たちは帰宅の途についていた。
奴隷というものを良く思わない者。
これ以上奴隷はいらない者。
物よりも人のほうが高値がついてしまうため避ける者などなど、それぞれの事情のもと帰っていった。
「……さて、皆様。ここまでお残りという方々はもちろんこのあと何があるのかご存知ということですね。そう、これより後半の部、奴隷オークションを始めたいと思います! 今回は目玉商品がいくつもあるため、きっと皆様の期待に答えられると、信じております!」
司会者は静かに語りだすが、その声音は次第に熱を帯びていく。
広間は先ほどとは違う顔ぶれが並び、雰囲気が怪しくなってきた。
参加者の中にはその情報を既に手に入れている者がおり、彼らはその奴隷に期待しているようだ。
レアな妖精族の奴隷、最強種族である竜人族の奴隷、東の大賢者と呼ばれる強大な魔力持ちの奴隷がいるなど。
真偽はともかくとして、そんな情報が参加者の間にまことしやかに広まっていた。
実際のところ、これらの情報は全て本物だった。
「それでは、本日も元気よく奴隷オークションを始めて行きます。初めての方もいらっしゃるようなので簡単に説明をしていきましょう。ルールは基本的に前半と同じで、オークショニアが開始金額を発表。その後、みなさんは札をあげて金額を提示していただきます。オークション終了後、先ほどと同じように金額を支払ってから、別室で奴隷との主従契約を結んでもらうこととなります」
ここまで説明をして誰からも質問の手はあがらない。
「みなさま、ご理解いただけているようですね。それでは一人目の奴隷。遥か北方にあった既に滅亡した小国の姫が最初の商品です!」
司会者の紹介のあと、鎖につながれた赤い髪の少女が少し引きずられるようにして観客の前にあるステージの上に連れて来られる。
酷い扱いだったのか、ボサボサの赤い髪は傷んでいて、手も足も薄汚れている。
かろうじて身に着けている服は布袋に穴をあけたみすぼらしいものだった。
瞳はグリーンで、どことなく気品があるようにも思えるが、その目は死んでいるかのようで全てを諦めていた。
「アタル様……」
きゅっと眉をひそめたキャロが思わずアタルの服の裾を掴む。
彼女は自らの奴隷時代の姿を彼女に重ねているようだ。
「キャロ……」
キャロの気持ちが痛いほど伝わってくるが、アタルは彼女の言葉に静かに首を横に振るだけだった。
今、まさに多くの客が彼女に興味を持ち、開始を今か今かと待ち望んでいる。
そこにアタルが入札して、仮に落札できたとする。
では、次の奴隷は? その次の奴隷は? ――さすがのアタルでも全員を救うのは難しいのが現状だった。
「っ……すみません……」
それをわかっているため、ステージから目をそらしたキャロは肩を落としてしまう。
「まあ、キャロの望み通りに全てうまくいくかはわからないが……大丈夫だ」
アタルは周囲を見回した結果、そんな言葉をキャロに投げかける。
彼は慰めにただ楽観的な言葉をかけただけではなく、状況が変わるタイミングが来ると予測している。
今回のオークションは、複数の品に入札できるように落札者はあとで支払いをすることになっている。
つまり、その間は奴隷たちも控室のような場所にとどめられているはずだった。
「アタル様……わかりましたっ」
何を言いたいのか理解したキャロは再び顔を上げて頷いている。
アタルが言うならきっとそうなるはずであり、その時にしっかりと動けるように準備をしておくのがキャロの役目であった。
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