第三百五十五話
四神の素材ほどではないが、陳列されている品物は珍しいものが多く、アタルたちの興味を惹いていく。
だが奥まで入ってきても奴隷が並べられている様子はなく、より高価なものが置かれているだけだった。
「なにか欲しいものがあったら言ってくれ。勝てるかわからないが、オークションに参加してみよう」
オークション自体が楽しみであるため、せっかくならばとアタルはキャロに欲しいものを言ってほしかった。
アタルは、一通り見て回って歓談している人たちに紛れるように戻ってくると、彼女に問いかける。
「そう、ですね……では、あの腕輪が……」
キャロの視線の先には、小さなガーネットに似た色の宝石が埋め込まれた腕輪が置いてあった。
光の加減で赤にもオレンジにも見えるその色はキャロの瞳に近いものである。
装飾もそれほど派手ではないが、なんとなくその宝石の色に親近感を覚えていた。
「よし、それじゃあれに挑戦してみよう」
彼女が気に入ったのならとアタルは快く頷く。
目標を一つ決めておくだけで、これから始まるオークションが楽しみになってくる。
「アタル様はなにか欲しいものはないのですか?」
「うーん……」
そう質問されて、アタルはここまで見てきたものと近くに陳列されているものを見て頭を悩ませる。
「そうだなあ、ここにある中だとしたらあのカップかな」
ケースに入れられ、照明に照らされて輝いているのは銀色のカップであり、いわゆる魔導具だった。
「えっと、魔力を込めると水が現れる魔道具、ですね」
商品の説明も近くに書いてあるためキャロは首を傾げている。
特別大きな力を持っているわけではなく、水が出てくるだけでの魔道具になぜそこまでアタルが興味を示したのか彼女は不思議に思っていた。
「あぁ、これ説明を読んでみてくれ。水が、じゃなくて『水などが』ってあるだろ? つまり……」
「なるほどっ! これは色々な可能性を秘めているということですねっ!」
アタルの説明を聞いてキャロはキラキラと目を輝かせて笑う。
アタルの予想は、水以外にもワインや果実水なども出せるのではないかというものだった。
更に言えば、もし使用者がイメージしたものが出せるとしたら、地球で飲んだジュースを生み出すことも、カクテルなどを出すこともできるのではないかと考えている。
「俺が使えばかなり可能性はあるかもしれないな……」
水が出せる魔道具だとだけ判断されていれば、オークション参加者も少ないはずであるため、このまま誰にも可能性に気づいて欲しくなかった。
「――キャロ、このことは二人の内緒だぞ」
「はいっ」
アタルに言われ、彼女も同じ思考に至って笑顔で頷くと、口をつぐんだ。
周囲には二人の会話を聞き取れるような人物はおらず、気配も音もないことを確認してキャロはホッとしている。
「他は、面白そうだけど高そうだなあ……」
「ですねえ……」
アタルの狙いの魔道具は先ほど言った理由で誰も目をつけておらず、開始値も安い。
キャロが狙っている腕輪も宝石は小さく、腕輪としても装飾は少ないため、ここにきている者たちの目を引いておらず、さほど高くはならないだろうという予想である。
それからも一通り見て回った二人だが、それ以上の目ぼしいものを見つけることはできず、この二つだけを狙うという方向で進めていく。
数時間後、いよいよオークションが始まるというアナウンスが屋敷に流れた。
並べられていた商品は全て裏側に片付けられて、一回の大広間に椅子が用意され、参加者が座っていく。
オークションは二部制に分けられており、前半が先ほど並べられていた品物、後半が表向きに出せない目玉の秘密のオークションとなっていた。
「みなさま、お待たせいたしました。これよりオークション前半の部を開始いたします!」
ステージの上ではマイクを持った司会者がスポットライトに照らされている。
司会者の言葉とともに拍手が巻き起こった。
前半の部に参加しない客は二階の待機室で休憩をしているようだ。
彼らは物品に興味はなく、奴隷の購入にだけ参加する者たちだった。
(無駄に金を使わずに、確実に欲しい奴隷を狙いたいってことか。きっと今回は妖精が出品されることも知っているんだろうな……)
妖精の奴隷というのはなかなか入るものではなく、様々な種族の中でも最も希少と言われている。
目を細めたアタルがそんなことを考えている中、オークションは始まっていく。
このオークションは最初にスタート金額が提示され、入札希望者は札をあげてその金額にプラスした額を宣言する。
それよりも高い金額で買ってもいいという者は、更にその金額にプラスして、という形で値段が釣り上がっていく。
最終的に入札希望者が一人になれば、その人物の落札という形になる。
札は、建物に入った際に配られており、アタルたちもその札を持っている。
アタルの番号は百二十番だった。
「それでは最初の品の紹介となります。こちらは……」
最初の品の紹介、売り文句、煽り口上が並べ立てられ、いよいよ入札となる。
最初にあげられた品は、二百年前の英雄が使ったと言われている白銀の長剣であり、魔剣として特別な力を秘めているとのことだった。
武器の収集が趣味の者からすれば興味をそそられる品物であり、どんどん値段が釣り上がっていった。
そんな入札が何品か続いていき、いよいよキャロが希望する腕輪の番となる。
「さて、こちらはガネストの宝石がはめ込まれている腕輪となります。出自は不明、特別な効果があるかどうかも不明、だがしかし……これを持ち込んだのはクリスト卿だ!」
司会者の最後の言葉が響き渡ると、広間にざわつきが広がった。
クリスト卿とは伯爵位を持つ貴族であり、珍しい品物を収集することで有名である。
その人が持ち込んだとあれば、どんな出自の者でも価値の高いものだと思う人が多かった。
「開始金額は、十万からです!」
「二十万!」
「二十五万!」
「三十万!」
「三十五万!」
「四十万!」
「はい、五十九番が四十万!」
期待に胸を膨らませた人たちによって次々と札が挙げられ、価格が吊り上がっていく。
「ア、アタル様、いりませんっ。あんなに高いなんて……」
まさかここまでの値段になると思っていなかったキャロは顔を青くしてアタルを引き留めようと首を横に振っていた。
「……でも、アレに何かを感じ取ったんだろ?」
優しく問いかけるアタルの言葉に、キャロは力なく頷いた。
実際、この腕輪を見た際に自分の中に眠る獣人の血が一瞬だけざわついた気がしていた。
「キャロが俺を信じてくれるように、俺もキャロの勘を信じよう――百万!」
ふっと笑ったアタルはすぐに入札するために札を上げる。
「おぉ、ここで百万の大台に乗りました。百二十番が百万! さあ、他におりませんか?」
さすがに一気に桁が上がってしまったことで、他の入札者も悩みだし、それよりも先に見ていた欲しいものに金を使ったほうがいいのではと考えをシフトしていく。
「……いませんね。それではクリスト卿が持ち込んだガネストの腕輪は百二十番の方が百万で落札となります!」
広間に響いた落札の声を聴き、見事落札したアタルは内心不敵な笑みを浮かべていた。
そんな彼のもとへと係員がやってくる。
「前半の部が終わったら入金となります。それまではオークションをお楽しみ下さい」
ピシッとしたスーツを身にまとった彼は落札の証となる番号札をアタルへと渡して、すぐに戻って行った。
「あ、あの、ありがとうございます……」
無事落札できたことにホッとしながらも、キャロは申し訳なさそうな、でも嬉しいような複雑な表情でアタルに礼を言う。
「いいんだよ。どうせ金は結構余っているんだ。たまにはこんな贅沢をしても許されるだろ。さて……そろそろ俺が狙ってるやつも出てくるかな?」
オークションで他者に勝つのは気持ちいいと実感したが、それに飲まれないよう気を引き締めたアタルは、魔道具のカップの順番を待つことにする。
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