第三百五十話
それぞれが作業へ取りかかっていく。
戻ってきた職人たちは、奥の工房で順番にキャロの前に並んで自分が持ってきた鉱石を削ってもらっている。
それと並行して、今回の作業に使う工具を用意している。
「この鉱石はなかなか硬いですねえ」
一番に削り作業にとりかかったのは、ミランダが持ってきたブルダニウムだった。
「そうでしょそうでしょ! ……大丈夫、だよね?」
自分が持ってきた鉱石が褒められたことは嬉しいが、それゆえに削れないなどという問題が発生すれば別の鉱石を用意しなければならないため、ミランダは不安そうな表情になっている。
「だい、じょうぶです!」
魔力を小さく小さく集中させて、その威力を上げて鉱石を削っていく。
「お、おぉ、これはすごいわね……」
下に用意した器に鉱石を研磨したあとの粉がみるみるうちにたまっていく。
硬度の高い金属であるがゆえに消費魔力は多くなっているが、ここまで多くの魔物を倒してきたキャロもかなり成長しており、この程度の魔力消費は問題なかった。
ブルダニウムにはかなり時間を使ってしまったが、他の三人の鉱石を削る作業に関しては想定していたとおりに順調に行うことができた。
一方でアタルはというと、巨人族の国でもやった作業だが、特殊な接着剤の作成を行っている。
特殊な素材を火にかけていく。
なるべくその煙を吸い込まないように、借りた布で口元を覆っている姿はなかなか怪しかった。
「自分で提案しておきながら、俺が一番面倒臭い役目を負っているような気がする……」
鍋を木べらでかき回しながら少し不満そうに呟くが、これが一番大事な部分でもあるため、なんだかんだ言いつつもアタルは作業の手を止めない。
臭いはあまり強くはないが、それでも発生するガスようなものはあまり人体によくなさそうなので、呼吸を最小限にしている。
空気の流れを読んで周囲に影響を与えないように心掛けているが、目の前で作業しているアタルはより慎重になっていた。
それが疲労に繋がっていくが、それでもなんとか作り上げることができた。
要した時間はおよそ一時間程度で、丁度キャロが全員分の鉱石を削り終わったタイミングでもあった。
「おーい、できたぞ……ってそっちも終わってるみたいだな。ちょうどよかった。あまり時間を置くと接着剤が固まるからみんな工具と金属粉を持ってこっちに来てくれ」
しばらく作業していたアタルが頃合を見て呼び寄せると、四人が順番に並ぶ。
意気揚々と先頭に並んだのはミランダだった。
「おー、なんかすごい色ね。こりゃ逃げたやつらが正解だったかも?」
アタルの用意したどろりとした接着剤を見たミランダは顔をしかめながらそんなことを言う。
もちろん本気ではなかったが、そんな冗談を言いたくなるくらいには奇妙な色をしていた。
「それでも、いいが、ほらハンマーからやっていくぞ。こうかけて……ほら、そこに金属粉をかけてくれ」
「ほいほい、パラパラパラパラ、と」
アタルの指示に従ってミランダが金属粉をふりかけていく。
「こぼれてもいいから、どんどんかけてくれ。ムラがないほうが強度が高くなるからな」
「わかった。これでどうよ」
豪快な性格のミランダもさすがに貴重な金属であるため、やや慎重になっていたが、覚悟を決めて豪快にふりかけていく。
一気にかけたため、工具の先端が隠れるほどに粉がのっている状況ができあがる。
「よし、これでいらない粉を振り落として、と」
ハンマーを振っていくと、そこにはコーティングされたハンマーが姿を見せる。
「これが私のハンマー……」
シルバーの頭部分が、ブルダニウムの青色で包まれているため、異様な見た目になっている。
「残った粉はもう一度そっちに戻して、ほら次の工具を出してくれ」
「あ、あぁ」
受け入れたものの、それでも自分の工具が変化していることに、心の中でなにやら葛藤があったミランダだった。
しかし、アタルが急かすため感慨にふける間もなく、すぐに次の工具に移っていく。
必要な工具全ての処置が終わった頃には、そんな感慨などはどこかに吹き飛んでおり、作業にとりかかりたいという逸る気持ちを抑えるので手一杯になっていた。
「まあ、さすがに作業に入るのは全員分が終わってからにしろよな」
「わ、わかってるよ!」
じっと自分の番を待っていたレリアルに心の内を見透かされたミランダは、ついつい大きな声でレリアルを怒鳴りつけてしまう。
「おいおい、ケンカなら外でやってくれよ。こっちは作業中なんだからな」
アタルは余分な量を付着させないように慎重に接着剤をかけているため、あまり周りで騒いでほしくなかった。
「う、すまない」
「わ、悪かったね」
レリアル、ミランダは集中を乱される辛さを知っているため、素直に謝罪をすると口を閉じていく。
「それに、乾くまでは完全には使えないからな」
これは何よりも効果的な、アタルから釘差しだった。
うずうずしながらもレリアルはおとなしく他の者の工具の作業が終わるのをじっと見ていた。
その後、他の三人の分の工具も全て処置を終えて、あとは完全に乾燥するのを待つだけとなる。
「いったん休憩しよう……さすがに疲れた」
「アタル様、お疲れ様ですっ!」
すると、キャロが冷たいタオルと飲み物を持って来てくれた。
「あぁ、助かるよ」
思った以上に集中していたため、疲労があったアタルはタオルで顔を拭くと、冷たい飲み物を一気にあおる。
「ぷはあ、美味い。悪いがもう一杯……」
「はい、二杯目どうぞですっ!」
「……ははっ、さすがキャロだ」
アタルがそう言うだろうと予想して、先に二杯目を用意していた。
その様子は長年連れ添った夫婦のようでもあり、互いに互いのことを良くわかっている空気がそこには流れている。
「なあ……」
「なに?」
そんな二人を見ていたレリアルが思わずミランダに声をかけ、思うことがあるのかじっと彼女の顔を見る。
「あー、いや。やっぱりいい。それより乾いたら作業にはいるんだから、お前も休んでおけよ」
「はんっ、誰に言ってるんだい! 体力底なしのミランダ様を舐めるんじゃないよ!」
少し考えて口ごもったレリアルはガシガシと頭を掻きながらミランダに声をかけた。
だがそう言われたミランダは鼻で笑い飛ばす。
事実ミランダは他の職人たちより体力があり、一晩中作業をしていたこともあった。
「……仲いいな」
今度はそんな二人を見たアタルが呟く。
「ですですっ、レリアルさんには頑張ってもらいたいですねっ!」
レリアルがミランダのことを好きなのはありありとわかるため、優しく微笑んだキャロは密かに彼のことを応援していた……。
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