第三十五話
翌日
約束のとおり店に来た二人が相変わらず誰もいない店内へ声をかけると、今日はすぐにローズが出て来た。
「あらあら、いらっしゃいませ。お待ちしていました」
今の時間帯は昼過ぎで、アタルもキャロもまだできていないだろうとふんでいたが、ローズはカウンターの上に箱を用意している。
「もしかして、それが?」
内心驚きながらもアタルが聞くと、自慢げな笑顔でローズが頷く。
「徹夜で作った自信作とのことです。あの人はスイッチが入るとぶっ通しで作業をしてしまうんですが……これは本当に良い出来のようです」
彼女の口ぶりからは誇張したようなものは感じられず、ラーダがそれほど集中したということだった。
「さあ、キャロさん。開けてみて下さい」
促されるようにローズに言われたが、確認するようにアタルを見上げれば彼も大きく頷いたため、キャロは恐る恐る箱を開けていく。
「ふわあ」
開けた瞬間、目の前の作品に見入ったキャロは感動でそれだけしか言えなくなる。キラキラと目を輝かせて嬉しさいっぱいの彼女の表情を見れば、どれほどキャロがこれを気に入ったか誰が見てもわかるほどだった。
「これは……すごいな」
隣からそれを見たアタルも感心したようにシンプルな誉め言葉だけを口にした。
箱の中には三本のナイフがおさめられている。その形状は解体対象ごとに使い分けられるものになっていた。
「あ、あの……触っても構いませんかっ?」
「もちろんです!」
待てをされていたかのようにうずうずしているキャロの質問にローズは大きく頷いた。その瞬間、そっと壊れ物に触れるかのようにナイフに手を伸ばし、それをうっとりといろんな角度から見ていた。
「思った以上のものができてきたから驚いたな。これはタダってわけにもいかないだろ、いくら払えばいい?」
ナイフに夢中のキャロをよそにアタルがローズに確認するが、彼女は首を横に振る。
「賭けに勝ったのはキャロさんです。そして、負けたのはあの人ですから約束のとおり無料で結構です」
さっぱりとした笑顔でローズが言うため、アタルもそれ以上は何も言えなくなる。
「はあ、わかった。ありがたくもらっておくよ。次に何かあった時はここに正式に依頼をさせてもらいにこよう」
「はい、お待ちしています」
そのローズの笑顔にアタルは敵わないなと思わされた。強面の見た目のラーダよりも笑顔を絶やさないローズの方がずっと力を持っているようにさえ見える。
「そういえば職人の……ラーダだったか? あいつはどうしたんだ?」
ふと思い出しようなアタルの質問に何かを思い出したのかローズは苦笑する。
「あぁ、あの人ならぐっすり寝てます。一晩中うっていたのでさすがに疲れたみたいです」
こっそりとローズが指差した方向を辿ってみると、そこからいびきが聞こえてくることに気付く。
「なるほど。昨日は煽るだけ煽ったからな、悪いことをしたな……」
「いいんです。最近調子にのっていたからちょうどよかったですよ」
そうやって二人が雑談をしていると、いつまでも見ていそうなくらいだったキャロのナイフ確認が終わったようだ。
「おっ、キャロ終わったか? どうだ、満足するものだったか?」
ぽんと頭に手を乗せながらアタルに聞かれ、ナイフを大事に箱ごと抱えてキャロは勢いよく何度も頷いた。
「もう満足なんてもんじゃないです! すごいです! 最高です!」
今にも飛び跳ねそうなくらいの勢いで耳をピンと立てているキャロはすっかり興奮しており、なんとかそれだけを口にする。
「あ、あぁ、それはよかった。約束のとおりタダでいいとのことだ。大事にしろよ」
アタルの言葉は衝撃的だったらしく、キャロは雷に打たれたかのように身体をかたまらせ、その大きな瞳を限界まで見開いていた。
「ダ、ダメです! そんな、ちゃんとした仕事なのに、タダなんて!」
勝負のことはあったものの、そんなことを忘れるくらいの仕上がりにキャロはアタルに食って掛かる。
「お、おい、少し落ち着いてくれ。俺が言ったんじゃなく、ローズがいいって言ったんだ」
うろたえながらなだめようとアタルが告げると、キャロは矛先をローズへと変える。キッとローズを睨み付けるそれは身長差から上目遣いになっており、その愛らしさにほだされそうなる。
「なんでタダなんですか! こんな素晴らしいものにはお金が支払われるべきです!」
ぷりぷりと不満げなキャロの剣幕に思わずローズも後ずさりそうになるが、なんとかとどまった。
「キャロさん、そのナイフはうちの人とあなたが勝負した結果、あなたが手に入れたものなんです。そして、うちの人は負けたけれど今回の仕事には満足していたようです。……だから、いいんです」
「でも……」
キャロの身長に合わせるようにしゃがみこんだローズが優しく言い聞かせる。だがそれでもまだ引き下がれない様子のキャロの頭にローズが優しく手を置いた。
「あなたはそのナイフを使って、しっかりと解体をやって下さい。それがそのナイフを作ったうちの人にむくいることになります。あとは、そうですね……武器が必要になった時はうちに注文に来て下さい」
ふんわりとしたローズの笑顔はキャロの勢いをも削ぐことに成功していた。空気が抜けたように落ち着いたキャロの耳はふわふわと揺れている。
「わ、わかりました……と勝手には言えませんが、何かあった際にはアタル様に言ってみます」
普段の雰囲気に戻ったキャロはそう伝えると、遠慮がちながら上目遣いでアタルに視線を移す。
「あー、わかってるよ。さっき俺もローズに言ったばかりだ。次に武器が必要になったらここに来ることにしよう」
「はい!」
キャロの上目遣いにぐっとやられそうになりながら告げると、キャロは幸せいっぱいといった満面の笑顔になった。
「ローズ、助かったよ。ラーダにも起きたら礼を言っておいてくれ。いい仕事だったってな。あと、見る目がないとか言って悪かったなって言っておいてくれ」
アタルが挑発するためだけにわざと言った言葉だとローズはわかっていたが、それでもアタルはラーダにあえて伝えてほしいと頼んだ。ラーダの仕事ぶりにアタルなりの敬意をみせたものだろう。
「はい、承知しました」
それを察したローズは今までとは違う温かな笑顔だった。
「それじゃ、また来るよ」
「ありがとうございましたっ!」
笑顔でアタルとキャロは店をあとにし、ローズはそんな二人を優しく見送っていた。
「さて、キャロ。次はどうしたものか」
「どうしたもの、と言いますと?」
街を歩く中で脈絡のないあまりにも漠然とした質問だったため、キャロは首を傾げて聞き返した。
「いや、これから俺たちはどう進んで行こうかなあと思ってな。最終目標はキャロの故郷なんだが、そこまで行くには情報も知識も色々が足らないからさ」
アタルが何を言いたいのかキャロは徐々に理解していく。
「そうですね……魔物との戦闘は問題ないと思うのですが、私たちには旅の経験が少なすぎると思います。なので、その経験を積むために他の街までの護衛依頼などを受けるのはいかがでしょうか?」
どうすればアタルの目指すものを達成できるか考えながら、冒険者としての立場を活かした案を提案する。
「なるほどな。護衛依頼ともなると、対象者を守るという側面が強いからただ魔物を倒せばすむというものじゃなさそうだな……いいかもしれない」
それを聞いたアタルはすぐに乗り気になっていたが、提案したキャロは少し難しい顔をしている。
「……ただ、護衛依頼は対象者次第で色々と問題が起こることもあるようです。そのあたりはブーラさんに確認しながらいい依頼者を確認するといいかもしれないですけど……」
貴族の護衛となると、グレインたちのようないい人ばかりではなく、良くも悪くも分け隔てないアタルの態度をよく思わないかもしれない。横柄な商人であれば、奴隷出のランクが低いキャロのことをよく思わないかもしれない。そうでなくともそういったトラブルはこの依頼にはよくあるようだった。
「そうか、それならブーラに相談して、いい依頼があったら向かうことにしよう」
「はい!」
どんなことにもいいことばかりではないのはわかっているが、問題点もちゃんと指摘してくれるキャロに感謝の気持ちを込めてアタルは笑顔を見せた。きちんと自分の話を聞いて、意図をくみ取って採用してくれる彼の気持ちが嬉しくて、キャロも笑顔で返した。
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