第三百三十九話
「どうだ! 面白そうなやつらだろ?」
ふんと胸を張ってそう言ったレリアルは、自慢げにアタルたちのことを他の職人に見せつける。
「確かに、なんか他とは違うものを感じるかも……」
「あの装備気になるなあ」
「可愛いわね、あのドラゴン……」
「まあ、レリアルが連れて来たんだから何かあるでしょ」
「……まあ、興味はある」
「息抜きに少し話をきくのも悪くないだろう」
こちらの六人は比較的好意的な意見を持っているようで、思い思いに感想を言う。
「興味なし」
「仕事の途中だから戻ってもいいかな?」
「ひょろい人間に、獣人のガキ、犬っころ、それと子どもの竜か……」
「珍しいっても、ただの冒険者じゃない?」
「あんまり強そうじゃないね」
「装備ばかりよくてもねえ」
対して、こちらの六人は否定的な様子だった。急に呼び出されて来たものの、うんざりした表情でアタルたちを見ている。
「おいおいおいおい! せっかく連れて来たっていうのに随分な言い方じゃねえか!」
思ってもみない食いつきの悪い職人たちの反応に、レリアルは憤慨して大きな声を出す。
「いや、だってさ。確かにその装備は珍しい素材を使っているみたいだよ? でもね、たまたまその装備が手に入っただけかもしれないじゃない? ちょっと珍しい装備だからって、面白いとは……」
言えないでしょ? と続けようとした否定派の女性職人の言葉が止まる。
レリアルを含めた他の十二人も動きを止めて、しかし視線はアタルの手に集中していた。
それまでそれぞれが好き勝手しゃべっていたその場が急に静まり返るほど視線が集まっている。
「ははっ、こいつはすごいな。こいつを見せれば多少の反応はあるかもしれないとは思っていたが、まさかここまで食いつきがいいとは」
思わずアタルが笑ってしまうほどに、肯定派も否定派もどちらもが同じ反応を示していた。
「……そ、それはもしかして?」
ごくりとつばを飲み込んだレリアルがアタルの手にある素材と、キャロの胸当てを交互に見る。
「あぁ、そういうことだ。さて、装備がよくてもどうとか、俺のことをひょろいやつだとか、なんだか色々言ってたみたいだがどうする?」
ふっと薄く笑ったアタルは職人たちを試すように質問した。
自身の手を動かすと職人たち全員の顔と視線が動くのが面白く感じてきたようだ。
「あっはっは! こいつは一本取られたな! おい、お前たち! ちゃんと謝れ、それからうちの工房で話を聞かせてもらうぞ!」
腹を抱えて大爆笑したレリアルがぴしゃりと言うと、職人たちは全員がアタルたちに頭を下げた。
「で、これはなんの素材なんだ? どういう経緯で手に入れたんだ? 譲ってくれるとしたらいくらだせばいい?」
レリアルが代表して質問することになり、アタルと対面に座って次々に質問を投げかけてくる。
他の職人たちは散らかった工房内からそこらへんにある椅子を適当に引っ張ってきて腰かけていた。
「いきなり質問しまくりだな。まあいいけど……まず、これは玄武の素材だ。経緯というか、その魔物を俺たちが倒して解体をした。欲しいならこれはやるよ」
手のひらサイズの玄武の甲羅の欠片をアタルは放り投げて、レリアルに渡す。
貴重な素材であろうことは一目見ただけで分かるため、ぞんざいな扱いをしていることに驚くがそれでもきちんと受け止めた。
「おっとっと、よっと。へー、こうなっているのか……玄武……聞いたことのない魔物だな。というか、これくれるのか?」
レリアルは素材に興味津々になりながらも、本当にタダでもらっていいのかを確認する。
「あぁ、別にそれは見せるようにカットしたやつだからな。値段もあってないようなものだから問題ない」
アタルの言葉を聞いて、職人たちはざわつく。
これだけ多くの職人がいながらにして、誰もその素材についてわかるものはいない。
それほどに希少性の高い素材をポンっとプレゼントしたことはみんなを驚かせている。
「まあ、金は要らないとして、色々聞きたいことがあるんだけど……いいか?」
「そうくるよな。よし……わかった、なんでも聞いてくれ!」
さすがに完全にタダでもらえるとは思っていなかったため、レリアルはどんと胸を叩いて請け負うことにする。
「その前に、ほら。みんなにも一つずつ欠片を渡しておくよ。好きに使ってくれて構わない」
決して大きいとは言えないサイズだったが、それでも希少な素材を全員分提供するというアタルの言葉に全員が驚いている。
しかし、その驚きも素材を受け取った瞬間には消えて、興味はそちらに集中する。
「この手触りは……」
「これって加工難しくない?」
「強度はかなりのものだな、これなら強力な装備になるはずだ」
「小さいけど、一部だけ強化するとかありかも」
小さいパーツをどう有効利用できるか、どう加工するか――既に彼らは職人目線になっていた。
いろんな角度から玄武の欠片を眺めてはあれこれとつぶやいて想像を膨らませていく。
「あー、それで俺の話を聞いてもらってもいいか?」
「ん? も、もちろんだ。なんでも聞いてくれ!」
レリアルもいつの間にか素材に集中しており、慌てて我に返り、先ほどの同じ言葉を口にする。
「先に言っておくが俺たちは外の人間だ。この街には今日来たばかりで、ここには用事があってやってきた。最初は一つだったが、今は二つある」
「ふむ、一応聞いておくが、なんで工房区に来ようと思ったんだ? 情報を集めるなら酒場や冒険者ギルドなんかがいいだろ。あそこは人が多い」
アタルの話に疑問を持ったレリアルが訝しげな表情で質問する。
「他の場所だとよそ者にあたりが強い。だが、職人なら見ての通りだろ?」
良いものを良いと素直に認められる。そして、特別な素材には目がない――それが職人であるとアタルはわかっていた。
物を見る目が鍛えられているからこそ、人をよそ者だというだけで排除はしないと思っていたのだ。
「なるほどな……そういうことなら、ここに来て正解だ。俺たちは完全にお前たちに協力しようという気持ちになっている」
「作戦成功だな。それで聞きたいことなんだが、一つ目この街の奴隷商についてだ。そいつが、仲間の友達にちょっかいを出したらしくてな。正確な店の場所や、知っていることを教えてもらいたい」
アタルが言うと、妖精がカバンから小さく静かに姿を現す。
『私の友達が囚われているの。なんとかして助けたい……お願い!』
悲しそうな表情の妖精。
職人たちも妖精に会ったのは初めてのことであり、息を呑む者。感嘆のため息をこぼす者。知的好奇心を刺激されてうずうずしている者と、これまた様々な反応を示していた。
「わかった……知っていることは全て教えよう」
レリアルは彼女の想いを汲んで、真剣な表情で返事をする。
「――ただ、少し触ってもいいか?」
彼もまた好奇心に負けた者の一人。せっかく真剣な表情をしていたというのに台無しであった。
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