第三百三十五話
その後、会長室をあとにしたアタルたちは街で食料などを買いこんでから街を発つ。
「なんだかんだここには長くいなかったなあ」
街の入り口で振り返って、にぎわうその街並みを見ながらアタルが呟いた。
「綺麗な街でしたね。今度来る時は、もう少しゆっくりと見て回りましょうっ」
『美味しいお魚も食べたいかも!』
『ふむ、そういったものも食べるのもいいかもしれないな』
キャロはゆっくりと街の観光をしてみたいという気持ちを口にする。
対して、バルキアスとイフリアは食い物にだけ興味を持っているようだった。
「二人は花より団子ってやつだな。まあ、俺も美味いものは食いたいから同類か」
「私も美味しいもの食べたいですっ!」
キャロもアタルとの旅の中で様々なものを食べてきており、アタルたちと一緒にとる食事はなによりのご馳走であるため、みんなの意見に賛同する。
「それもこれも、ガルデガルデ次第ってとこだ。さあ、出発しよう!」
「はいっ!」
『うん!』
『うむ!』
こうして一行は水辺の大都市ウンデルガルをあとにした。
ガルデガルデまではしばらく距離があるため、ゆったりとした旅が続く。
平原を進む道のりに魔物が現れることもなく、穏やかに進んでいた。
暖かな陽気、心地よい風、小鳥の鳴き声、思わず眠気を誘うような小春日和……。
「こいつはまずいな……」
アタルが異変に気付いた時には既にキャロ、バルキアス、イフリアは眠りについてしまっていた。
馬車を引いていた馬も眠りについて動きをとめていた。
「どこだ……?」
ぐるりと周囲を見回すアタルは魔眼を発動して、自分たちに危害を加えようとしている何かを探す。
眠気が強くなる前に慌てて魔力を身にまとったため、影響を防ぐことができたがそれを伝えようとした時には既に他三人は眠っていた。
少し力を込めただけで薄いピンクのヴェールのような空気の揺らめきを見つけることができた。
どこから来ているものか判別するべく魔眼に込める魔力をやや強くし、視野を広げる。
すると、視界の端で何か動いたのが見えた。
「そこだ!」
それが何者であるか確認する前に、アタルは弾丸を撃ちこんだ。
『……きゃあっ!』
草むらから聞こえて来たのはかわいらしい少女の小さな悲鳴。
「女の子?」
困惑した顔のアタルはそう呟くと、馬車を降りて声の主の場所へと移動する。
『あ、あんた何よ! なんで寝てないのよ! それにさっきの攻撃はなんなのよ!』
そこにいたのは手のひらサイズの可愛らしい妖精だった。
ふわふわとしたピンクの服に、同色のリボンで長い髪の毛をふたつに結っている。
アタルからの攻撃に驚いて腰を抜かしたのか、頬を膨らませて怒りながら座り込んでいた。
「妖精……?」
『そうよ! それより、なんであんたは寝てないのよ! 他のやつらは寝てるっていうのに!』
彼の問いかけに噛みつくようにして文句を言う小さな妖精。
どうやら、みんなが寝てしまった件の犯人は彼女であるらしく、思っていたように寝ていないアタルに対して苛立ちを覚えているようだった。
ちなみに、先ほどのアタルの弾丸は威嚇射撃であり、妖精に命中はしていない。
「俺が寝てない理由は眠気を感じた瞬間に魔力でそれを防いだからだ。さっきの攻撃は当てるつもりはなかったが俺だけの特別な攻撃だ。それで、お前は何者で、なんでこんなことをしたんだ?」
たとえ小さな愛らしい姿をしていても油断ならないとアタルは銃口を妖精に向けたまま質問する。
『こ、ここから先は山岳都市ガルデガルデがあるだけよ! ここから先には行かせられないのよ!』
見慣れない武器を突きつけられて身をすくめた妖精だったが、彼女の中でも何か譲れないものがあるようで、強気な口調でそう言われてアタルは首を傾げる。
「いや、ここを進んでいくとガルデガルデがあるのは知っている。そこに向かってるんだからな。あの都市に会いたい人がいるかもしれないんだ。だからここは通してもらおうか」
アタルは精霊に自分の目的を伝える。そうすることで、妖精の反応を窺う。
『だ、だからここから先は行っちゃダメだって言ってるでしょ!』
いまだ銃口を突きつけられて動けずにいるものの、あきらめきれない妖精は顔を真っ赤にして、アタルたちが先に向かうのを阻止しようとしている。
「ふーむ、そう言われてもなあ。理由はあるのか? ここから先に行ってはダメだという理由。理由次第では考えないこともないぞ」
『ほ、ほんと!?』
アタルの言葉に妖精はぱあっと笑顔になり、アタルも頷いて返す。
『え、えっとね、私の友達がね、あの街にいるの。ただいるわけじゃなくてね……ひっく、えっぐ、ううっ』
感情の起伏が激しいこの妖精は感極まったように話の途中で泣き出してしまう。
このままでは話を聞くことができないと、アタルは一度馬車に戻ってキャロたちを起こしていく。
十分ほど経過したところで、落ち着いた妖精と目覚めた全員で話を聞くことにする。
『ご、ごめんね。つい……』
「いや、構わない。それよりも話してくれ」
『わ、わかったわ』
謝罪する妖精に、アタルはなるべく落ち着いた口調で声をかける。そのことで落ち着いた妖精は理由を話し始めた。
『ガルデガルデにはね、私の友達の妖精がいるの。いるっていうか、捕まっているの。捕まえているのは奴隷商? とかいうやつで、友達の命を助けてほしければ、しばらくの間街に誰も近づけるなって命令されて……』
ぽつぽつと語る妖精の話を聞いてアタルたちはなるほどと頷いた。
「それで眠らせるなんていう方法をとったのか。しかも、幻惑魔法も使っていたな。眠りと幻で精神的に追い詰めることで追い返そうとしたんだな。そもそも、ガルデガルデに入れるやつは限られているから追い返す相手も少なくて済むってわけか……」
『すごい! よくわかったね! あー、その眼か。だから私の居場所がすぐにわかったし、幻惑魔法も効かなかったのかあ……』
全てをぴしゃりと当ててしまうアタルの言葉に妖精は感心している。
『だから、みんなには帰ってもらいたいんだけど……』
「断る」
『――へっ!?』
アタルが即答すると、びくっと体を揺らした妖精は変な声をだしてしまう。
「俺たちは俺たちで目的があるからな。だが、お前の想いもわかる。だから、その妖精を助けるために動いてみよう。……というか、そうしないと結果として友達の妖精はいい目にあわないはずだ。仮に俺たちや他のやつらを追い返したところで、なんだかんだ言って奴隷として売ったりするだろうからな」
人質をとって、脅しをかけるようなやつがそもそも約束を守るとも思えなかった。
『ほ、本当に? あいつ約束守ってくれないの? それに、あなたたち、あの子を助けてくれるの?』
「どちらの質問に対しても肯定だ」
きっぱりと頷いたアタルの言葉に、隣にいたキャロも笑顔で頷いている。
「もちろんですっ! 絶対に助けましょうっ!」
耳をぴんと立ててぐっと拳を作って頷いたキャロの力強い返事は、妖精に喜びの涙と笑顔をもたらした。
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