第三百十七話
わからないことを気にしても仕方がないため、アタルたちは一旦老婆のことは忘れて街を散策していく。
潮風香る舗装された道には、ゴミ一つ落ちていないといっていいくらいには清掃されている。
街にも活気があり、露店で売られている商品も質が高い。街行く人々はみんな笑顔である。
「おぉ、これは美味いな」
「こっちも美味しいですよっ」
匂いに誘われて露店で気に入ったものを見つけると、アタルとキャロは互いのものを交換して舌鼓をうっている。
バルキアスはというと、既に串にささった大きな肉を三本ほどぺろりと平らげている。
「さて、腹が膨れたところで情報収集といこうか」
アタルは周囲を見渡しながら、どこから手をつけようかと探っている。
「定番では、酒場でしょうか? もしくは、冒険者ギルドですかね」
キャロの言葉にアタルは頷く。情報が集まる場所といえば、大体その二つに限られるからだ。
「お兄さんたち、何を知りたいんだい?」
そこに、露店の店員をしている女性から声がかかる。
褐色の犬の獣人で、頭にバンダナを撒いている彼女は旅人であるアタルたちの力になってやろうと考えているようで、笑顔で気さくな雰囲気が感じられた。
「この街は、色々な種族が一緒に暮らしているみたいだが……」
「あぁ、人族だからとか、獣人族だからとかそういうことを気にさせない街だね。まあほら、港町だしね、他の店にも色々な種族が働いているはずだよ」
彼女の言う通り、これまで見かけた露店では多種多様な種族が店を開いている。
「外からくる人も多いし、この街で産まれてそのままいるっていう人も多いはずさ」
てきぱきと露店の作業をしながらそう答える彼女はこの街を気に入っているらしく、嬉しそうに話す。
「なるほど……外から来る人間もいるのか。あー……もし知っていたら教えてほしいんだけど、ウサギの獣人の夫婦で、年齢は恐らく三十代から四十代――そんな二人を知らないか?」
あまりに情報量が少ないため、ダメもとでアタルが質問する。
隣で黙っているキャロは緊張からか自然と手に力が入り、服の裾をギュッと握っていた。
「ウサギの獣人夫婦……そっちのお嬢ちゃんの両親かい?」
少し考えた彼女のその問いにキャロは無言でコクリと頷いた。
「そうだねえ……あたしはこの街で産まれて、ずっとこの街で暮らしているんだけど……ウサギの獣人ねえ」
少しでも力になれればと彼女は自らの記憶をたどっていく。
即答しないことにキャロはハラハラした表情になっていた。
二分程度考えたところで、店員はアタルとキャロを見る。
「――ごめん! ちょっと思い当たらないわ。でも、ウサギの獣人は何人か見たことがあるかも。母さんが生きていれば色々覚えていたかもしれないんだけど、ね。まあ、この街の住民の数はかなり多いし、私も全部の場所に行くわけじゃないからそういう人がいる場所もあるかも。見つかるといいね!」
一瞬だけ悲しそうになる店員だったが、すぐに笑顔に戻る。
その返答を聞いてキャロはやや悲しい表情になる。
店員の母が既に亡くなっていること、そして自分の両親の情報がないこと。双方に気落ちしていた。
「なあ、だったら情報が手に入る場所はないか? 定番だと酒場か冒険者ギルドだと思うんだけど、他にあれば教えてほしい」
すこしでも心が安らげばとキャロの頭をなでた後、ならばと、アタルは別の切り口で質問をする。
「そうねえ、酒場は色々な人が集まるし、この街にはいくつかあるから情報集めにはいいと思う。冒険者ギルドだとちょっと情報は弱いかもしれないねえ。依頼に関してだったり、魔物や素材の情報だったりを求めているならいいんかもしれないけど、欲しい情報は人についてだろ? それだとなかなか厳しいねえ」
彼女の言葉を聞いてなるほどと二人は頷いている。
「それで、その二つ以外にどこかっていうことだけど……一つ思い当たるとしたら、商業会館かしらね」
その言葉にアタルは驚き、キャロは首を傾げる。
アタルたちはこれまでいくつかの街に立ち寄ってきた。
その中には王都であったり、大きな街、小さな村など規模もさまざまである。
だがそのどこにも商業会館などというものはなかった。
「その名前から察するに、色々な店のとりまとめをしている場所――という認識でいいのか?」
「おや、お兄さん察しがいいねえ。その通りだよ。この街で商売を営んでいる者は全員所属しているんじゃない? 所属していることで、困ったことがあったらその手の詳しい人とかが相談に乗ってくれたりするんだよ。それこそ経営がうまくいかないなんていうことでもね」
それを聞いて再度アタルは驚く。
「この世界でそんなものを作る人間がいるのか……確かに相談できる相手がいるのは心強いし、問題があれば客観的に見てもらうことができる。画期的なやり方だな。いつくらいからその商業会館っていうのはあるんだ?」
興味をひかれたアタルはここ最近考えられたものかと思って質問する。
「ん、私が生まれるずっと前からあるよ。母さんも、その母さんも所属していたって話だから、もう何十年も前からあるんじゃないかな」
何でもないことのように店員はあっさりと答えたが、アタルには衝撃的だった。
まるで地球の文化を知っているかのような発想の持ち主がいることは、ある意味カルチャーショックだったのだ。
「……それはどこにあるんだ?」
「えっと、あっちにまっすぐ行くと大きな噴水があるんだけど、そこを右斜め前方に進んでいけば大きな建物があるからすぐにわかると思うよ」
アタルは是非そこに行ってみたいと考える。考えるが、そこで我を取り戻す。
「よし、場所はわかったからまずは酒場をいくつか回ってみるか」
まずは手堅い情報集めを優先し、商業会館へ行くのは後回しにする。
本来の目的を忘れてはいけない――キャロの顔をみながらそんなことを思っていた。
「っ……はいっ!」
アタルの目を見ながらキャロは自分の親に繋がる情報が手に入るかもしれないと、真剣な表情になっていた。
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