第三百十話
ひと通りの話を聞き終える頃には、日も落ちて夕方になっていた。
「――ふむ、まあこんなもんじゃろ。暗くなってからではここから帰るのも大変じゃ。そろそろ帰ったほうがええ」
そして、ファムじいの一言でこの場は解散となる。
「ありがとうございました。色々な話を聞けてとても嬉しかったですっ」
はじけるような笑顔でそう言ったキャロは両親の話を聞けたことをとても嬉しく思い、自分の胸に手を当て、そこに大事にしまっていた。
しかし、キャロにとっては興味深い話だったが、バンブ、バルキアス、イフリアの三人は興味が薄いため、思い思いに眠りについていた。
「ふむ……キャロさん、少し大きな音を出すぞい」
ニタリと笑ったファムじいの言葉に、キャロは静かに頷いた。
「くああああああああつっ!」
三人の方へ近づき、大きく口を開いたファムじいのその声はびりびりと空気を震わせ、外にまで響き渡るほど大きな声だった。
実際、近くの家の住人たちも何事かと外に飛び出している。それを三人は耳元で聞いていた。
「な、なんだ!?」
『キャンキャウン!』
『ガルル』
異常事態に三人は飛び起きて、戦闘態勢に入っている。
この状況にあってもバルキアスとイフリアが人間の言葉を話さなかったのはさすがというほかない。
「うふふっ、みんな大丈夫です。今のはファムさんが大きな声を出しただけですから。安心して下さいっ」
柔らかな笑顔のキャロの言葉を聞いて、状況を把握し始める三人。
「まったく揃って居眠りをしおって。……まあええ、話は終わった。そろそろ暗くなるからちゃんとキャロさんを送るんじゃぞ!」
キャロ一人でいかせるのが危険であるためについてきた三人だったが、それを忘れて眠ってしまっていたため、バツの悪そうな表情になっている。
「ふふっ、大丈夫ですよ。ファムさんから興味深いお話を聞けましたし、何もおこりませんでしたから」
口元に手を当てて微笑むキャロがバンブたちをフォローすると、ファムじいもそれ以上の追及はするつもりもないようで元の位置に戻って行った。
「まだ耳がキンキンするが……終わったならそろそろ戻るとしようか。ここはあまり夜遅くまでいるような場所じゃないからな」
窓の外から見た空が茜色に染まっているのを見て、バンブの表情が引き締まる。
それほどに、この場所は危険だった。
「うむ、さっさと帰るといい。キャロさんも、こんな場所には二度と来ないほうがええよ」
キャロの強さをわかっていたが、それでもファムじいは心配して言葉をかける。
「……そういえば、どうして私の話を聞いてくれる気になったんですか?」
ふと、ここにやってきたときのファムじいとバンブの会話を思い出す。あのとき、バンブは何かに気づいていた様子だった。
「バンブさんはわかっているんですよね?」
そう振られて、答えるべきかどうか悩んだバンブはチラリとファムじいを確認する。静かに目を閉じたファムじいは無言で頷いた。
「はあ……わかったよ。俺たちがここに来る時に男たちに絡まれただろ? 嬢ちゃんがあっさりと倒したが、あいつらはファムじいが差し向けたやつらだったんだ」
それを聞いたキャロは驚いた表情でファムじいを見る。
「ほっほっほ、悪いとは思ったんじゃがな。バンブが女の子を連れてこちらにやってきたという情報はすぐにわしのもとに届いたんじゃ。嬢ちゃんに目的があってここまで来たということもな」
全てがばれても片目を開けたファムじいは笑顔のままで話している。
「悪いと思ったんじゃが、あやつらに負ける程度の力の持ち主にわしの情報は荷が重いからのう。しかし、ふたを開けてみればあやつらのほうがあっさりと負けてしまった。ならば話を聞こう、そう思ったんじゃよ」
好々爺然としながらも、実のところは色々と裏で動いていた。
「な? こういう爺さんなんだ。もし嬢ちゃんがいい人だなんて思っていたら考えを改めたほうがいいぞ」
やれやれと肩を竦めたバンブは呆れた様子で肩を竦めながら言う。
「ふふっ、でもやっぱりファムさんは良い方ですよ。私の両親の話を色々としてくれましたし、今後の指針も示してくれましたから」
試されていたことを知ってもなお、キャロはファムじいからもらったアドバイスも大事に記憶していた。
「へー、この爺さんがねえ。まあいいか。嬢ちゃんが必要な情報が手に入ったならそれでいいさ。それよりも、暗くなってきたからさっさと戻るぞ!」
ファムじいが良い方というキャロの評価をいぶかしむが、バンブはそれよりも早く戻ったほうがいいと判断して家を出た。
「うむ、そうじゃな。ささっと帰ったほうがええ。夜間はこっちに住んでいる者も外出はそうそうせんからな。ほら、帰った帰った!」
「わかりました、ありがとうございましたっ!」
追い出すような口調のファムじいに、キャロは礼を言うとすぐに外に飛び出した。
茜色の空は徐々に、宵闇に包まれていく。
「まずいな。さっさと行くぞ!」
宵闇と共に迫る暗い雰囲気を感じ取ったバンブはそう言って走り出す。
キャロたちも遅れないように、走り出していた。
ファムじいの家は西側でも奥のほうにあるため、東側との関所に到着するまでにだいぶ距離がある。
そのため、あっという間に夕日は沈み、あたりは完全に闇に包まれていく。
東側と違い、街灯がないため、頼りになるのは月と星の光だけである。
「っ――ちっ! こいつは、まずい!」
何者かの気配を感じ取ったバンブの顔に焦りの色が見える。
「バンブさん、なんでそんなに慌てているんでしょうか? 灯りなら魔法で火を出すこともできますし、ゆっくり戻っても良いのでは?」
大人しくついていくキャロは走りながらも一切息を乱さず、落ち着いた様子でバンブに声をかける。
「あぁ、そうしたいのはやまやまなんだがな……くそっ、遅かったか」
何かを諦めたようにゆっくりとバンブの走る速度は遅くなり、やがて足を止める。
バンブが何かを睨みつけている様子であるため、キャロも同じ方向に目をこらす。
「……赤い、目?」
暗闇の中に赤く光る目だけが浮いているように見える。
「あぁ、あいつはそのままレッドアイと言ってな。この西側の、シリアルキラーだ」
シリアルキラー――連続殺人犯レッドアイ。彼の存在が帰宅を急がせる最大の理由だった。
「どういうわけか、あいつはこの暗闇でも昼間と同じように動けるようなんだ。あいつには俺やファムじいの知人も何人か殺されている……強いぞ!」
バンブの言葉に反応したかのように、怪しくゆらりと赤い目が動いた。
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