第三百一話
先に動いたのはアタル。
右手に剣を持ち、孟章へと走り出す。
剣を構えるアタルに対して、孟章も何処からか剣を取り出して手にしている。
「せやああ!」
アタルの気合のこもった一撃が振り下ろされ、孟章はそれを剣で受ける。
キーンという金属同士がぶつかり合った高い音が鳴り響く。
アタルの一撃が防がれた。誰もがそう思う中、アタルはニヤリと笑っていた。
「なかなか堅いようだな」
アタルの言葉が指しているのは剣のことではなく、孟章の腕のことだった。
「な、なぜ私の剣が!?」
先ほどの一撃は孟章の持つ剣を真っ二つにしており、慌てて防いだ孟章の腕の鱗にも食い込んでいた。
孟章が手にしていた剣は、孟章自身の魔力によって作り出された魔剣であり、強度には自信があった。
にも関わらず、あっさりと折られたことに驚愕している。
ここで小さく舌打ちをした孟章は大きく腕を振るい、アタルは後方へとんで距離をとる。
「ははっ、力は強いみたいだけど武器を見る目は持ってないみたいだな。この剣はあの財宝の山の中にある剣の中で、最も抜きんでた力を持っているんだよ。いや、あの中というより俺がこれまでに見た中でも一番といっても遜色ないレベルだ」
薄く笑いながら目を細めたアタルは手にしている剣が相当な業物であることを口にする。
「……あの短時間でそれを見切って、その剣を選んだというのか?」
しかし、孟章は剣自体よりもアタルの目利きに驚いていた。
「俺の眼は特別製だからね。戦闘中から何かめぼしいものはないかと探していたんだ。その中にあって、この剣はかなり強い魔力を放っている。いわゆる魔剣ってやつなんだろうさ」
とんとんと目の近くを指差しながら、アタルは手に持つ剣を軽く振って見せる。
「まさかそんな剣が紛れていようとはな。そして、その剣に対抗できるような武器を私は用意できそうもない――ゆえに、これでいかせてもらおう!」
ぞくりと背中を這う高揚感に押されるように足を踏み込んだ孟章は鋭い爪を伸ばしてアタルへと走り出した。
一瞬で距離を詰めると爪を振り下ろす。
「っ……アタル様っ!」
確かにアタルの基礎能力は高い。
しかし、相手は化け物の部類の強者であるため、この一撃はまずい。そう考えたキャロは思わず悲痛な声音でアタルの名前を叫んでしまう。
確かにアタルの持つ剣はかなりの力を持っている。孟章の爪ですら防ぐことはできるだろう。
だが、それも全て孟章の攻撃速度に対応できるならである。
――キーン!
「なんだ?」
どうしたんだと軽い調子でアタルはキャロの声に反応しながら、なおかつ孟章の攻撃をしっかりと防いでいた。
「なっ!?」
「えっ!?」
その反応速度の早さに孟章もキャロも驚いていた。
「急に大きな声で呼ぶからビックリしたじゃないか。ちょうどこいつが攻撃してくるタイミングと被るからちょっとだけ焦ったぞ」
「えっ、あっ、すみません……!」
涼しい顔で言うアタルに、耳を垂らしたキャロが思わず謝罪する。
だがアタルに攻撃を防がれた孟章はこの状況に驚き固まっていた。
「あぁ、お前もビックリしたか? そうだよな。俺みたいな人族なんかあっさり倒せる――そう思っていたんだろ?」
アタルが再びニヤリと笑うと、孟章はごくりと息を呑む。
「確かに俺本来の戦い方は、キャロたちに前で戦ってもらって遠距離で攻撃するというものだ。さっきまでもそうやって戦っていただろ?」
ヒョイと肩を竦めたアタルの問いかけに、バックステップで距離をとった孟章は無言で頷く。
「だけどな、だからといって近接戦が弱いとは言ってない、ぞ!」
今度はアタルが距離を一気に詰める。
最初の攻撃よりも更に速度を上げた動きに孟章は慌てて爪で対応しようとする。
振り下ろされた剣は最初のものよりも鋭く、孟章の爪と衝突して小さくヒビをいれる。
「なんという膂力……!」
龍であるはずの孟章が力で押し込まれているのを感じる。
「玄武にとどめを刺したのは俺だからな。その力が俺に流れ込んできてもなんら不思議じゃないだろ?」
それほどに玄武を倒したことでのパワーアップの効果は高かった。
加えて、アタルが持つ剣には持ち主の身体能力を強化する機能があるため、これほどの強さを発揮している。
「ぐぬぬ、しかしあやつは四神の中でも一番の……」
「ぶふっ! や、やめてくれ……はははっ!」
以前もツボにはまってしまったワードにアタルは笑いをこらえなくなり、距離をとる。
「むむっ、なぜそれを言うと笑うのだ!」
怪訝な表情になる孟章に対して、アタルはなんとか笑いを抑える。
「ははっ、二回目だっていうのに悪いな。……だが、あいつは確かに強かったよ。理性があったらどうなっていたかわからないくらいにな。そして、あいつの力は俺の中に渦巻いている」
真剣な表情に戻るとアタルは剣を構える。
「くっ、来るか!」
魔力で爪を修復した孟章も構えをとる。
「やあああ!」
アタルは駆け出し、距離を詰めると上から剣を振り下ろす。
「それは何度も見た!」
しかし、魔力を強く込めた両手の爪が剣を待ち受ける。
「――わかってるさ」
アタルはこのタイミングを待っていた。
同じ攻撃を繰り返せばそれを警戒する。しかも、片方の爪では防ぎきれないことは既に見せた。
となれば、孟章がとれる選択肢は一つ。両方の爪で、全力で防ぐこと。
この一連の流れはアタルが誘導したことだった。
笑ってしまったことだけは予定外のことだったが、それも距離をとろうとしたタイミングと被ったため問題はなかった。
「俺の剣はお前を斬ることはできない」
アタルは力任せに剣をふるっただけであり、剣と身体能力に頼ったそれだけのものである。剣術などというものとは程遠い。
それをアタル自身も理解していた。
孟章も今はアタルの攻撃力に押されていたが、時間が経過すればアタルの剣術がおそまつであることに気づくはずである。
だが、アタルはそれをさせる前に次の行動に移っている。
「それじゃあ、さよならだ」
ふっと薄く笑ったアタルは引き金を引く――そう、彼は右手に剣を、左手には愛銃を握っていた。
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