第三十話
二人は一体なんだろう? と首を傾げながらカウンターへと戻って行く。
「申し訳ありません。お二人のランクについてお伝えするのを忘れていました」
眼鏡を直しながらブーラは手早くカード更新用の魔道具を用意している。
「それではお手数ですが、もう一度お二人の冒険者カードをお出し下さい」
「わかった……といっても俺もキャロもほとんど依頼なんて……」
「ですです」
困ったように笑いながら、言われるままに二人はそれぞれのカードを差し出した。
だがそれに答えることなく、ブーラは受け取ったカードを魔道具にとおしていく。
「……はい、完了しました。まずはキャロさん、Dランクになります」
「ふえっ!?」
ランクが上がることは予想できていたが、思っていたランクと違うことにキャロは驚いて変な声が出てしまう。驚きのあまり、耳がピンとたっている。
「えっ? Dランクですか? Eランクの間違いじゃなくてですか? 私、確か登録したてでFランクだったはずなんですが……」
あわあわと驚いているキャロは慌てて食い気味にブーラに聞き返した。
「はい、間違えていません。キャロさんはDランクです。二段階のランクアップになりますが、今回の討滅戦でキャロさんはそれだけの功績を残されましたので、当然の評価と思われます」
淡々と告げるブーラの態度はこれが間違いではないと示していた。落ち着きなく暴れる鼓動を抑えるようにしてキャロは恐る恐る冒険者カードを受け取ると、そこにはDランクと確かに記載されていた。
「キャロすごいな。これで晴れてDランク冒険者だぞ」
感心したようにアタルが頭を撫でながらキャロを褒めるが、彼女はあまりにも驚きが強く、彼に褒められてもどこか実感がわいていないようだった。
「ごほん、それではアタルさんの番ですね。アタルさんは……ご自分でカードをご覧下さい」
作業を終えていたブーラからカードを受け取ると、今度はアタルが驚くことになった。
「アタル様? いかがでした?」
驚きに包まれているアタルは口では答えずに、カードをキャロにも見えるようにした。
「びっ!」
再び耳をピンと立ててそれだけ言うと、キャロは慌てたように手を口に当てて、漏れそうになる自分の声を必死に抑えようとした。
「……Bランクか。これはいくらなんでも上がりすぎじゃないか? 俺だってキャロと同じFランクだっただろ?」
普通ならばあり得ないほどのランクアップにアタルの驚きは当然だったが、ブーラは首を横に振る。
「何を言っているのですか。アタルさんの功績は通常の範疇では考えられないものです!」
いつもの冷静さはどこへ行ったのかと思うくらいその言葉は強いものだった。
「お、おう……」
「いいですか? 今回の報酬は戦果に合わせたもので全員が討伐数をカウントしています。アタルさんは、その中で一位という結果でした。それも二位以下を軽く引き離すダントツの結果です。更に、ギガントデーモンとの戦いでもアタルさんがいなかったら勝てなかったかもしれないとギルドマスターがおっしゃっていました」
息継ぎをしているのか怪しいほどブーラはアタルの功績をつらつらと語っていく。その言葉にはまるでおとぎ話の英雄の話をしているかのように熱がこもっていた。
「わ、わかった。わかったから、そのへんで勘弁してくれ。自分のことをそこまで言われるのはむずがゆくてかなわない」
「ご、ごほん。これは、失礼しました」
慌ててアタルが話を止めると、自分が思っていた以上に熱くなっていたことに気付いたブーラは咳ばらいをして謝罪する。
「と、とにかくアタルさんのランクはその表示のとおりで間違いありません。今後は上のランクの依頼も受けられますので、ギルドとしてもお二人の活躍に期待しております」
そこまで言うと、穏やかな表情になったブーラはゆっくりと深く頭を下げた。
アタルとキャロはブーラにとって期待の新人でもあり、自分が最初に担当をした冒険者であることでより思い入れができていた。
「わかった、この評価はありがたく受け取っておくよ」
「色々とありがとうございました」
ブーラの気持ちが伝わって来た二人はそれぞれ頭を下げるとギルドをあとにした。
「二人ともランクが上がったから受けられる依頼の幅も広がるな」
宿へと戻る道すがらキャロに話しかけると、彼女は嬉しそうに目を輝かせていた。
「楽しみですね! まさか、私が冒険者になれたばかりかDランクになれるなんて……感激です! それもこれも全部アタル様が私を買ってくれたからですねっ!」
隣にいるアタルを見上げながらにこにこと笑顔を見せるキャロは、自分の全てを変えてくれたアタルに対して絶大の信頼を持っていた。
「そんな大したことはしてないと思うが……まあ、なんにせよBとDだから間をとってCランクの依頼とか受けても面白いかもしれないな。あとは……他の街に行ってみるなんてのも悪くないな」
この世界でアタルが知っているのは、今いる街と依頼で訪れた村だけだった。キャロとの約束をいつか果たすことを考えても、旅に出るというのは選択肢の一つとしてありうるものだった。
「あ、そうだ。アタル様、他の街にも冒険者ギルドはあって、ここで発行された冒険者カードのデータは共有されるんですよ!」
彼から知らないことを教えてくれと言われたため、思い出したようにキャロは説明をしていく。
「なるほどな、それは便利だ。いつでも旅に出られそうだな」
その言葉を聞いたアタルの気持ちはこれから先に広がる冒険に向いていた。
それを知らないフランフィリアやブーラはランクアップにより受けられる依頼の範囲が広がったから、アタルたちはこのままこの街に残ってくれるだろうと考えていた。彼らがアタルの気持ちを知るのは少しだけ先のことだった。
「まあ、なんにせよもっと戦いや色々なことに慣れていかないとな」
「はい! 解体ももっと上手になりたいです……素材回収の依頼もあるでしょうから、そういったものを受けるのもよさそうですね」
ぐっと意気込むキャロはもっと自分の技量をあげ、アタルの役に立ちたいという気持ちでいっぱいだった。討滅戦で最後にアタルと共に戦えなかったことが少し心残りであったからだ。
「それにはもう一度ちゃんと装備を整える必要があるかもな。この先、解体用のナイフとかもあったほうがいいだろ? あとマジックウェポンは大丈夫そうだけど、短剣はちょっと買い換えないとだ」
指折り数えるようにあげていくアタルの言葉にキャロはしょんぼりと肩を落とす。
「申し訳ありませんでした……私が上手く使えなかったせいでせっかく買って頂いた武器をダメにしてしまって……」
アタルから受け取った短剣で無事に残っているものはマジックウェポンのそれ一本だけだったため、すぐに壊してしまったことでキャロは落ち込んでいる。
「いいんだよ」
安心させるような声音でアタルはそう言ってキャロの頭を撫でる。頭に乗った手の先を見上げると、アタルは優しい眼差しでキャロを見ていた。
「あの武器を使うことでキャロの身を守れたのなら万々歳だ。いいか、キャロ。武器は壊れたらまた買えばいいだけだ。でもキャロに何かあったからといっても、お前は替えはきかない唯一なんだぞ」
自分の言葉にやや照れながら、それでも彼女にちゃんと伝わるようにとゆっくり言葉を選んで真剣に話していく。
「アタル様……」
奴隷の自分をどこまでも大切にしてくれているアタルに胸が熱くなったキャロは頬を赤くしている。こんなにも幸せでいいのだろうかとキャロは泣きそうになるのを必死で我慢していた。
「今度は自分で稼いだ金で好きに買い物すればいい。報酬ももらったことだし、高いのでもいいぞ」
キャロに熱のこもった目で見られ、自分がくさいことを言ったのではないかとアタルは恥ずかしさをごまかすように少しぶっきらぼうに言うと、足早に武器屋へと向かって行った。
お読み頂きありがとうございます。
誤字脱字等の報告頂ける場合は、活動報告にお願いします。
ブクマ・評価ポイントありがとうございます。




