第三話
「申し訳ありませんでした!」
身なりからすると、それなりの身分にある女性が突如として土下座をしている光景はアタルを戸惑わせるには十分だった。
「あー、いや、なんていうか、どうしたものかね」
ぽりぽりと頬をかきながら困ったアタルは、女性の隣で一緒に頭を下げる御者に視線を送った。
「お嬢様がまことに申し訳ないことを、何卒、私の首だけでご勘弁下さい!」
だが御者は女性以上の土下座を見せ、その上、額を地面に擦り付けていた。
「あー、もう仕方ない! 二人とも頭をあげろ!」
このままでは話が進まないと思ったアタルは二人を怒鳴りつける。
「は、はい!」
「も、申し訳ございません!」
二人は反応はそれぞれだったが、慌てて同時に頭をあげた。いわれるがままに顔を上げた二人の表情は謝罪の気持ちでいっぱいだった。
「魔物に追われていたわけだし、起きて近くに知らない男がいたら誰でも混乱する。それに、もしかしたら二人はさっきの馬車の横転でどこか打ってるかもしれない。そんなわけだから、さっきのことは気にしてない」
少し怒った表情でアタルはそう断言した。危ない目にあった人に強い口調で言うのは気が引けたが、それでもこれ以上頑なな態度で謝罪を続けられても正直困ってしまうからだ。
「でも……」
「しかし……」
「でももしかしもない! もう、その話は終了だ!」
それでも謝罪を続けようとする二人だったが、命の恩人であるアタルが強く言うため、渋々謝罪の言葉をひっこめることにした。
「それで、一体どうしたんだ? あんたの恰好を見る限り、いいとこのお嬢さんだよな? それなのに、護衛もつけずに馬車で移動なんて危険なんじゃないのか?」
先ほどまでの強い口調とは違って穏やかなアタルの質問に二人は暗い表情で肩を落とした。彼らには何か事情があるようだった。
「実は……」
二人の口から語られた話は悲惨なものであった。
彼女は貴族の娘であり、名前をアーシュナという。実家に戻るために、滞在先の街を出た時は護衛の冒険者が数人いたそうだ。彼らの実力は確かなもので、馬車を追っていたような魔物であれば倒せるだけの力を持っていた。
しかし、旅の途中で冒険者は二人のことを裏切った。正確には、最初から仕組まれたことだった。冒険者たちは、アーシュナの叔父の手のもので、彼女を人質にとり、その父親から富や栄光を奪おうと考えたとのことだった。
「よく、そんなことまでわかったな」
アタルはそこまでの情報を得られたことに感心していた。先ほどの魔物との対応から御者の男にもアーシュナにもそこまでの実力があるようには見えなかったからだ。
「はい、冒険者のリーダーの男が聞いてもいないのに喋ってくれたんです」
アーシュナはギリッと歯ぎしりをしながら、悔しげにその冒険者の顔と叔父の顔を思い出していた。
「そして、何とか冒険者の隙をついて逃げて来たんですが……結果はご覧になったとおりです」
「気づけば魔物に追われて、逃げきれずに馬車ごと転倒。そこに俺が駆け付けたってことか……」
御者の言葉の続きをアタルは口にする。肩を落としながらアタルの言葉に力なく二人は頷いた。
「……俺はアタル、旅人だ。この辺りには詳しくなくて、どっちに行けば街があるのかもわからない始末だ。だから、俺を街まで一緒に連れて行ってくれないか? もちろんその間の護衛は引き受ける」
アタルは自分一人で街に向かうよりも、現地の、それも権力があるであろう貴族の娘と共に向かったほうが、無用なトラブルを避けられると考えていた。
「そ、それはこちらもすごく助かります! ぜひともに行きましょう!」
失礼なことをし、お礼もできていない状況でアタルのことを逃がすことはできないとアーシュナは即答する。彼女に視線を送られた御者も慌てて何度も頷いていた。
「それじゃ、交渉成立だな」
アタルは街に向かうのが目的だったため、同行できるだけで満足していた。
「ギール、家に連れて帰ってお父様に会ってもらいましょう」
「承知しました」
二人は何やら今後の展開について話していたが、アタルはこの世界の街も楽しみだなと考えていた。
「じゃあ、俺は馬車の上にいるので何かあれば声をかけてくれ」
するするっと馬車の幌の上に乗ったアタルに驚きつつも、アーシュナとギールは馬車に乗り込み、彼女の実家のある街へと向かって行く。
その道中は馬車へと近寄ってくる魔物はおらず、平和な旅をすることができた……とアーシュナは思っていた。
しかし、実際のところは馬車を襲おうとしていた魔物は近寄る前にアタルによって全て倒されていた。威力は落ちるが、消音機能をオンにして攻撃していたため、馬車の二人には気付かれていなかったのだ。アタルとしては乗り物に乗ったままBPが稼げたことを喜んでいる。
「アタル様! 私の故郷に到着しました!」
街が見えてきたことで彼女は心の底から安心しており、テンションも高くなっているようだった。
「ここが、街か……」
幌から降りたアタルは街を見上げる。城壁に囲まれた街は城塞都市といった雰囲気だった。
「驚きましたか? ここはこのあたりでも有数の大都市で、私のお父様がおさめているんです」
彼女の父がこの街の領主であるという話は道中に聞いていた。しかし、これほどの大きな都市とは思っていなかったアタルはただただ城壁と巨大な門を眺めていた。それだけ大きな街の領主の娘を思わぬ形で助けたのは彼にとって幸運だったかもしれない。
「アーシュナ様、お帰りなさいませ!」
門の入り口近くにいた衛兵が馬車にいるアーシュナへと笑顔で声をかけた。
「はい、ただいま戻りました」
アーシュナは笑顔で返事をするが、衛兵の表情が馬車の上の方を見た途端、怪訝なものへと変わっているのに気付いた。
「……何か、ありましたか?」
よく見てみれば素性の知れない男がおり、馬車もところどころ汚れたり傷がついている。それを見た衛兵は何かが起きたに違いないと考えていた。この衛兵の様子がおかしいことを感じ取った別の衛兵も近くにやってくる。
「色々ありまして、なかなか順風満帆な旅というわけには行きませんでした。途中魔物に襲われて馬車が転倒してしまったのですが、こちらにいるアタル様の助力によってなんとか無事乗り切ることができたのです」
アーシュナがアタルのことを紹介し、最初は変なところに座っている怪しい男だと思っていたがその男に彼女が助けられたと聞くと衛兵は神妙な顔になる。
「この方が……アーシュナ様が危ないところを助けて頂きありがとうございました」
「ありがとうございました」
あとから来た衛兵も頭を下げる。この様子からも彼女が領主の娘として慕われている様子が見て取れた。
「なんというか……本当にこの街の領主の娘だったんだな。ここに来て実感したよ」
アタルは出会ったときの様子を思い出して、しみじみと感じ、思ったままの感想を口にする。彼と初めて会話したときのことを思い出すとアーシュナとギールは苦笑いを浮かべるしかなかった。
衛兵に見送られつつ、三人は領主の館へと向かって行くことになった。アタルは今度は幌の上ではなく、馬車に乗り込んでいた。
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