第二百九十二話
アタルが屋敷の様子を確認していると、どうやらアタルたちをつけている者たちは雇われであると予想できた。
「……どうにも扱いが雑だな。屋敷の奥にまでは入れてもらえてないみたいだ。それと他と共同で活動しているわけじゃなさそうだな」
誰かと共同で動いているわけではなく、あくまでこの屋敷の者と雇われた者たちだけで動いているように見えた。
「これ以上はわからないか……近づいてみるか」
一人である身軽さがアタルの行動を少々大胆にさせる。
高台から降りて屋敷に近づいていき、周囲を探っていく。
屋敷は高い塀に囲まれていて、外からは中を探ることができない。しかし、上からおおよその作りは把握できている。
ならばと、アタルは跳躍して壁を飛び越えた。
「周囲には……気配なし」
仲間たちほどではないが、アタルも近くの気配くらいなら察知することができるため、探りながらゆっくりと進んでいく。
(外側から話を聞けるとこまで行くか)
アタルは更に跳躍してベランダに飛び移る。静かな着地であるため、中には音が聞こえていない。
ゆっくりと動いて窓に近づいていくと中から突然声が聞こえてくる。
『見失っただと! 馬鹿者! なんのために高い金を払って雇っていると思っているんだ!』
どうやら雇い主である屋敷の主人は激怒しているようだった。怒りに任せて何かを投げつけたような音が聞こえた。
『あいつらがあの店になにやら肩入れしようとしているのはわかっている。だが、それは困る。早くあの店が立ち退かんことには……』
爪を噛みながら、イライラしている様子の主人は落ち着きなく足を踏み鳴らしている。
『聞かないように言われていたが、一体あの場所には何があるんだ? あんなちっぽけな店、狙うに値しないだろ? 俺たちに支払ってる金を考えたら、割に合わない』
『うるさい! お前たちは黙って仕事をすればいいんだ! さっさと出て行って、あいつらを早くなんとかしろ!』
主人に怒鳴られた男は渋々といった様子で部屋を出て行った。
『あそこの地下には……――誰だ!』
何かを感じ取ったらしく、乱暴な足取りで主人は窓に近づいていく。
鷲掴みにカーテンをあけて、窓を勢いよく開け放つ。
だがそこには穏やかな外の風景が広がるだけだ。
「気のせいか……」
そして、窓を閉めてカーテンを閉じる。
(危なかった)
主人の動きを察したアタルは更に飛んで屋上に移動していたため、事なきを得ていた。
しばらく周囲を警戒してからアタルは屋敷を離れて食堂へと戻って行く。
夜になったところで、キャロたちも戻って集合する。
「さて、それじゃあキャロたちの報告を聞かせてもらおうか」
テーブルにつき、ニャムが出してくれた飲み物を口にしつつ情報の共有を行っていく。
「はいっ、私たちが向かった東の屋敷の人たちの会話を盗み聞きしたところ、他の集団との繋がりはないようでした。そして、ここに何かがあると話していました。ですがそれがなんなのかまではちょっと……」
最初は元気よく報告していたキャロはそこでしょんぼりと肩を落とす。
「いや、十分だ。俺のほうでもおおよそ似たような結論が得られた。――ここにはなにかがある」
「な、何かってなんですか? ずっとここで店を開いてますけど、別に何もないと思いますよ……? 私たち自身、お金はそんなにないですし、珍しいものもこれといって……」
アタルの言葉に何があるかと考えるニャムだったが、心当たりはなかった。
「あぁ、それはわかってるよ。失礼な物言いになるが、ニャムたちが持ってる金銭とかを目的にするとは思えない。そんなもののためにわざわざ金持ちが人を雇うとは思えない。恐らくは――この建物」
そこまで聞いてニャムがキョロキョロと店の中を見回している。何か特別なものがあったりしたかと確認していた。
「いや、建物じゃなくて、建物の下にあるんじゃないかと……」
「おおーい、料理の試食をしてみてくれ! さしみってやつもいくつかのパターンで作ってみたから食って感想を教えてほしい」
アタルが話している途中でバンブとカッターが大きく声を上げながら料理を持ってホールに飛び込んできた。
そして、テーブルの上に次々に料理を並べていく。
並べられたのは、カッターが得意とする料理に、バンブが得意とする料理。
それから二人で考えたさしみ。それぞれ生の魚の身を薄く切るというのだけをヒントに試行錯誤して見たようだ。
「ほうほう、これは美味そうだ」
そう言ったアタルの視線はさしみからは外れている。アタルが知る刺身とは明らかに違う料理が並んでいるためであった。
「このお肉料理はバンブさんが作ったものですかね? すっごく美味しそうですっ!」
それに気づいたキャロもそちらには触れないようにして、別の料理を褒めていく。
「そうだろそうだろ、おいカッター! 俺の肉料理が美味そうだとよ!」
「……そりゃ兄さんの料理は美味い。肉料理の腕前では俺もかなわないだろう」
自慢げに言うバンブに対して、少し悔しそうに頷きながらカッターもぼそりと反撃をする。
「ではってなんだ、ではって! 他の料理だって俺のほうが美味いだろ?」
「……」
次の言葉にはカッターは反応しない。
そんなことはないという意思表示だと思われる。
「もう! 二人ともそんなところで張り合わないで下さい! 今は料理を楽しむのと、さしみの確認が最優先ですよね?」
ニャムの視線はアタルに向き、他の面々もアタルを見る。
「……はあ、わかったよ。とにかくご飯を食べよう。刺身に関しては……うん、もっとちゃんと助言をするよ」
バンブとカッターが努力したのはわかるが、自分が好きだったそれとは違う刺身もどきを見て、アタルは肩を落としながらも無駄にしないようにとバルキアスたち用の皿の用意を始めていた。
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