第二十九話
フランフィリアからマジックアイテムを受け取ったアタルはキャロを伴って一階に戻ってくる。
二人がなぜ呼ばれたか予想がついているギルドの職員たちは、二人をカウンターの外までスムーズに出られるように案内する。それは彼らなりに街を救ってくれたことへの感謝の気持ちを表したものだった。
「さて、宿に戻るとするか」
「はい!」
ギルドからの報酬は二人とも別途明日もらうことになるため、疲れた身体を休めるためにも宿に戻ろうとギルドを出る。ところがそんな二人を見ていた者がいた。
「お、おい、あいつらじゃねーか? ……なあ、あんた!」
その声の主は今回の戦いの開始前にアタルたちに絡んで来た冒険者たちだった。三人ともどこか落ち着きのない様子で、その中でリーダーと呼ばれていた男が遠慮がちに声をかけて来た。
「お前たちは……あー、誰だっけ?」
「ア、アタル様っ、あの人たちはギルドからの依頼を受けた時に絡んできて賭けをした人たちですよ!」
慌てたように捕捉するキャロの言葉を聞いてアタルは思い出したというようにポンッと手を打つ。
「そういえばいたな」
実のところ、アタルは先ほどのフランフィリアとのやりとりで賭けのことはすっかり頭から吹き飛んでいた。ギルドで彼ら三人をお咎めなしにしたのも面倒くさいというただそのことだけで言ったまでだったのだ。
「ぐっ……くそっ、せっかく礼を言おうと思ってやってきたのに」
「礼?」
男の一人が悔しさのにじむ表情で吐き捨てるようにそう言ったことが気になり、アタルは思わず聞き返した。
「……あぁ、賭けをなかったことにしてくれて助かった。あのままだと、俺たちは丸損だった」
リーダーの男は言いにくそうに視線を逸らし、頬を掻きながら話す。アタルたちの戦いぶりに馬鹿なことをしていたのは自分たちの方だったと思い直していたのだ。
「気にするな。討滅戦がうまくいったのはみんなで戦ったからこその結果だ。だからこそ全員の懐が潤うべきだろ……ギルドはかなりの支払いになるかもしれないがな」
アタルはさらりとそう言うと、いたずらっ子のような笑顔を見せて肩を竦める。
「ははっ、確かにな。……これは言い訳になるかもしれないが、久しぶりにでかい依頼の前で気がたっていたんだ。しっかし、あんたほどの男がまさかFランクとはなあ……」
リーダーの男はアタルに気安さを感じたため、感心したように話を続けることにする。
「たまたま俺がそうだったというだけで、冒険者登録をしていない実力者ってのも世の中にはいそうだけどな。まあ、こういうこともあるっていうのはいい経験だったろ」
どこか人ごとのように言うアタルに冒険者たちはまいったなと頭を掻いていた。
「またこういうことがないことを願ってるよ。それじゃあ、俺たちは宿に戻らせてもらうから」
「失礼しますっ」
ひらひらと手を振って去るアタルに続いて、ずっと心配そうに成り行きを見守っていたキャロも笑顔で一礼すると、二人は宿へと向かった。
「おう、ありがとうな!」
男たちはアタルとキャロにしばらく手を振ってその背を見送った。
宿 アタルの部屋
「なあ、キャロ。確認したいんだが……あんなことは良くあるのか?」
アタルのいうあんなこと、というのは先の魔物との戦いのことだった。突如、魔物が暴走し、近隣の街や村を襲う。そして、あの戦いで最後に出て来たのは魔界と呼ばれる場所に生息する巨大な魔物だった。それら全てを指してあんなこと、と言っていた。
「……私が知る限りでは珍しいことだと思います」
神妙な面持ちのキャロの答えも全てを指して言っていた。
「まず、魔物が街に向かって来たことですが、あれ自体そうそう起きるものではないです。しかも、今回ほどの規模となるとそれこそ一つの街において数百年に一度あるかどうかだと思われます」
今回の襲撃はそれほどに大量の魔物が襲来していた。ギルドマスターの対応から察しがついていた部分もあったが、より真実味が増した。
「なるほどな……じゃあ、最後のあいつは?」
その質問が来ることを予想していたキャロは咳払いをしてから答える。
「ごほん、よくぞ聞いてくれましたっ。……と言っても、私も正確な答えを持っているわけではないのですが……あの魔物はおそらく魔界に生息する魔物ですね。昔読んだ本に載っていました」
次の質問も予想できていたため、そのままキャロは説明を続ける。
「魔界とは、魔族と呼ばれる種族が生息する地域のことです。ここからだと、ちょっとどうやればたどり着けるのかわからないくらいには遠かったと思います」
指を顎のあたりに寄せたキャロは自分の持つ記憶を思い出しながら説明をしていく。
「なるほどな、つまりあれはそれだけ異常だったってことか。確かにあんなデカイ魔物が普通にそこらへんを歩いてたら大騒ぎになりそうだもんな」
ふとアタルはあの時戦ったギガントデーモンを思い出しながら頷く。
「今回はギルドマスターやアタル様がいたからなんとかなりましたが、下手をすれば街が滅ぼされても不思議ではなかったですね」
アタルの凄さを痛感しているキャロはここでも嬉しそうにアタルの名前を出した。
「……何か、起こってるみたいだな」
真剣な表情でぽつりと言ったアタルの言葉はちょうど彼の活躍を思い出していたキャロの耳には届かなかった。
「アタル様? 何か言いました?」
「いや、なんでもない。とにかく今日は疲れた、食堂で飯を食ったら休もう」
きょとんとしているキャロの頭を少し強く撫でて誤魔化しながら、アタルは席を立ち、食堂へ向かった。突然頭を撫でられて驚いたキャロもふにゃりと頬を緩め、アタルの後ろをついて行った。
翌日 冒険者ギルド
朝からギルドに向かうと、報酬を受け取るために集まった大勢の冒険者でごった返しているだろうと予想したアタルとキャロは、食堂で昼食を食べてからゆっくりとギルドへ向かった。
アタルの予想通り朝は混雑していたが、この時間になると冒険者も少なく、比較的空いていた。
「アタルさん」
のんびりとやってきた二人に声をかけてきたのは受付にいるブーラだった。少しくたびれているのはそれだけ朝から忙しかったであろうことが現れていた。
「あぁ、ブーラか。俺とキャロの報酬を受け取りにきたんだが」
「承知しています。お二人の分はこちらに」
心得たりとブーラは足元を指差す。そこには膨らんだ重たそうな袋があった。
「まず、こちらがキャロさんの報酬になります。受け渡しの処理がありますので、冒険者カードの提示をお願いします」
「あ、はい。お願いします」
そう言ってブーラはキャロの報酬の入った袋を抱えると静かにカウンターに乗せ、差し出されたカードを受け取り、魔道具に通して確認を終える。
「はい、ありがとうございます。これで、こちらの報酬はキャロさんのものです」
机の上を引きずりながら差し出されたずっしりと重い袋をキャロが大切そうに両手で抱えるように受け取る。
「それでは次に、アタルさんですね。先にカードをお願いします」
キャロと少し手順が違うことを疑問に思いながらもアタルはカードを渡す。
「……はい、ありがとうございます。それではアタルさんの報酬は」
そう言うと、カウンターで見えないが何か重い物を必死に運びながらやっとのことでカウンターの外へとやってくる。
「こ、こちらになります」
少し汗をにじませながらブーラがアタルの足元に持ってきたのは、キャロが受け取った袋の何倍もの大きさだった。パンパンに膨れたそれはいまにもはち切れそうなくらいだ。
「こ、これ多くないか?」
アタルは昨日もらったマジックアイテムが報酬のほとんどだと考えていたため、目の前の金額に驚いていた。ギルドマスターがギルドの懐を心配するような事態だと知っていたゆえにこれだけのものを出して大丈夫なのかという心配もあった。
「……大きな声では言えないのですが、アタルさんが最後に倒された魔物の魔石がかなりの値段になるらしく、ギルドマスターが報酬を奮発するように、と。もちろん昨日ギルドマスターがお渡ししたものは返却しなくてもいいそうです」
ブーラがアタルにだけ聞こえるように小声でひそひそと耳打ちした。
「なるほど……まあ、くれるって言うんだからもらっておくか。ほら、キャロの分もいれてくぞ」
「ありがとうございます!」
納得のいったアタルは背中のマジックバッグをおろすと、自分の報酬とキャロの報酬を入れて再度背負い直した。
「それじゃ、俺たちの用事はこれで終わりだな。また何か依頼を受けたくなったらこさせてもらうよ」
もう用は済んだだろうとアタルとキャロはブーラに別れを告げて、ギルドをあとにしようとする。
ギルドの入り口にさしかかったところで、慌てたように二人を呼び止める声がかけられた。
「あっ、ちょっと待って下さい。報酬のインパクトが強かったので一つ忘れていたことがありました」
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